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2021.08.27

瀬川貴次『怪談男爵 籠手川晴行』 青年貴族、義侠心と好奇心で本物の怪異に挑む

 平安時代を中心に、虚実織り交ぜた様々な怪異の世界を描く瀬川貴次。本作はその作者のおそらくは初の大正ものであります。怪事件に好んで首を突っ込む青年男爵・籠手川晴行と、親友の大学生・室静栄が、様々な怪異を前に繰り広げる騒動を描く連作集です。

 定職に就かず、裕福な姉の嫁ぎ先からの援助で悠々自適の生活を送る美貌の青年貴族・籠手川晴行。ある日、人気女優の森口理子と二枚目歌舞伎役者・市川翔燕の婚約披露パーティーに出席した晴行は、そこで偶然、理子と言葉を交わすことになります。
 翔燕と付き合い始めた頃から、シュッシュッという足袋を履いた足音やキシキシと何かが軋むような音を聞くようになったと、彼女から聞かされた晴行は、好奇心と義侠心から怪音の正体探しを引き受けるのでした。

 幼馴染で貧乏子爵家の跡取り・室静栄を巻き込んで、理子の身辺警護を始める晴行。しかし怪音が翔燕の周囲でも起きていること、そしてそれが四国巡業から帰ってから起き始めたことを知った二人は、翔燕が訪れていた羽根山という町を訪れることになります。
 そしてその町の名物である劇場を訪れた二人は、そこでも怪音が聞こえることを知り……


 そんな第一話「幽世の音」に始まる本書は、全五話の連作短編集であります。
 吉原の遊郭に入り浸る老舗商家の嫡男の青年を連れ戻すことになった二人が、異界の吉原で青年の敵娼・真ほろしと対峙する第二話「まぼろし花魁」
 金銭的理由から蔵の中の小野小町の屏風を手放そうとしたことをきっかけに、室家の中で次々と怪事が起こる第三話「屏風小町」
 怪奇譚を探し求める三流新聞の記者・諏訪虎之助の頼みで、三人で幽霊の泣き声がするという家に泊まることになった晴行たちがその正体を知る第四話「泣く家」
 あの羽根山町のはずれ、数年前に火事で燃えた産院の跡地で発見された死体の謎を取材する虎之助に同行した二人が、奇怪な因縁と真実を暴く第五話「廃病院の看護婦霊」

 さて、作者の作品といえば、エキセントリックな登場人物のユニークな個性と、描かれる怪異のインパクトとの絶妙なブレンド具合が印象に残りますが、その魅力は本作においても健在であります。

 主人公の晴行は、一度士官学校に行ったものの肌が合わずに止めて以来、ぶらぶらしながら好奇心の赴くままに様々な事件に首を突っ込むという、好奇心と美貌は無駄にある暇人。一方の静栄は生真面目で堅物の学生ながら、甘い物にだけは滅法弱く、甘味に釣られて晴行に付き合ってしまうという、こちらもなかなか愉快な人物です。
 幼馴染でシズちゃんハルちゃんと呼び合う二人の、息が合っているようないないような凸凹コンビぶりが、本作の魅力の一つなのは間違いないでしょう。


 しかし――身も蓋もないことをいえば、青年貴族が怪異な事件に首をつっこんでといえば、どうしても頭に浮かんでしまうのは作者の別のシリーズ。しかし本作は当然のことながら、時代背景以外にも、大きな差別化が図られています。

 そもそも、晴行は成り行き上、怪異と遭遇してしまうものの、特に怪異愛好家というわけではありません。タイトルの「怪談男爵」も、第四話から登場の虎之助のいい加減なキャッチコピーを面白がって使い始めた、というくらいの意味合いなのですから。
(そして作中で晴行が「遊び半分で肝試しに行くような無神経な輩」と言い切っているのもちょっと愉快)
 しかしそれ以上に異なるのは、本作に登場するのが本物の怪異であることでしょう。それも非常に個性的であって、しかもかなり真剣に怖いという……

 上で触れたように、作者の作品のキャラクターは、どれもどこかユニークさ、コミカルさがある一方で、怪異の方は(本物の怪異が出る場合には)かなり直球の、洒落にならないものも少なからず登場します。
 そして本作に登場する怪異もまた、いずれもそんな恐ろしいものであると同時に、そしてどこか魅力的な存在揃い。この辺りはキャラクターの誰よりも怪異を愛しているであろう作者ならではでしょう。

 晴行が怪異に首を突っ込んでいてもそんなに嫌そうでなかったり、怪談男爵という仇名を結構気に入っていそうなのは、単に茶目っ気やノリだけではないのではないか――そんなことも感じさせられる怪異たちなのです。


 そんなわけで、ちょっと愉快な二人が洒落にならない怪異に立ち向かうという、好きな人間にはたまらない本作。これはもう是非ともシリーズ化していただかなくては、と強く願う次第なのであります。


『怪談男爵 籠手川晴行』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫) Amazon

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