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2021.09.04

夢枕獏『JAGAE 織田信長伝奇行』 合理と非合理と――不思議な信長伝

 織田信長という人物を語る際にしばしば用いられる言葉の一つは「合理性」ではないでしょうか。本作はそんな合理性の塊というべき信長と、非合理の化身ともいうべき飛び加藤の長きに渡る関わりを通じて信長の生涯を描く、いささか不思議な作品です。

 14歳の時、うつけ者のなりで外を歩き回っていた信長が出会った男――人々の前で牛を呑む芸を行ってみせたその男の名は加藤段蔵、またの名を飛び加藤。全く似たところのない相手ながら、信長と飛び加藤は互いに興味を抱くのでした。
 信長のどこが気に入ったのか、飛び加藤は自分の体重と同じ重さの金と引換えに誰でも殺してやると告げ、頼む時には清須の松井友閑を訪ねろという言葉を残すことになります。

 その後も、持ち前の合理精神で妖怪や妖刀あるいは神仏など、様々な非合理的なものの存在を実証し、解明しようとする信長。そんな信長と飛び加藤の関わりを知るのは、飛び加藤の勧めで信長に仕えた木下藤吉郎と、松井友閑のみであります。
 その周囲に飛び加藤の影をまとわせながらも、その力に頼ることなく、天下布武に邁進する信長。しかしついに飛び加藤に対して、ある男の首を求めることに……


 戦国時代に活躍した忍者とも幻術使いともいうべき怪人・飛び加藤。その怪しげな逸話の数々からフィクションにもしばしば登場する人物ですが、しかしその逸話は、主に上杉謙信や武田信玄との関係で語られるものがほとんどです(例えば本作冒頭で描かれた呑牛の術のくだりも、本来は謙信とのエピソード)。
 それをあえて信長と絡めてみせるのが、本作のユニークな点であることは間違いありません。そしてその理由が、数々の幻術・妖術を操る妖怪じみた彼と、新しい時代の合理精神の体現者である信長との対比にあるのは間違いないでしょう。

 信長の合理精神には枚挙に暇がありませんが、「信長公記」に記された中でも特にユニークなのは、あまが池の大蛇にまつわるものでしょう。
 清洲のあまが池という池に、怪物めいた大蛇が潜んでいると聞いた信長は、配下に命じて蛇替え――要するに池の水をぜんぶ抜くことにより蛇を捕らえようとしたのですが、水が減らないとみるや自らその中に飛び込み、蛇などいないと確かめたというのです。

 大蛇という存在を捕える/捉えるための手段を尽くし、さらには己の目で確認する――それはある意味、非合理的存在に対する合理主義者としての信長の姿勢を語る象徴的なエピソードであり、そしてそれこそが本作のタイトルが『JAGAE』である所以なのでしょう。


 そんなユニークな切り口の本作ですが、しかし実際に読んでみると、その内容は小説――連続する物語というよりは、逸話集のように感じられるものがあります。
 「信長公記」やフロイスの「日本史」に描かれる信長の逸話を採り上げ、時に引用しつつ、その内容を解説する――作者の時代もので実在の人物を描く時にしばしば見られる手法が、本作ではほぼ全編に渡って用いられているのです。

 それは信長の生涯を描いた作品としては、ある意味当然の手法かもしれませんが、一冊の大半が逸話で示されているというのは、さすがに驚いたというのが正直なところであって――冒頭で述べた「いささか不思議な」というのは、この点に因ります。

 もっとも、そんな逸話の中に混じって「辻合わせ」のようなとんでもないエピソードが織り交ぜられているのが、また非常に作者らしいともいえるのですが。


 そんな本作は、当然のことながらというべきか、本能寺において結末を迎えることとなります。光秀(本作における彼の造反の理由は、これはこれで一ひねりがあって面白い)の軍勢により本能寺が炎に包まれる中、信長の前に現れたものとは……

 その直前に明かされる驚愕の真実も相まって、そこで生まれる強烈な現実崩壊感――言い替えれば、合理性と非合理性の間の壁が崩れ去った瞬間には、奇妙な解放感すら感じられるのです。

 やはり不思議な信長伝というべきでしょうか。


『JAGAE 織田信長伝奇行』(夢枕獏 祥伝社) Amazon

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