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2021.09.08

宮本昌孝『夏雲あがれ』下巻 阻めるか御家騒動!? そして三人が戦う理由

 藩校から江戸に舞台を移して、三人の少年、いや青年たちの瑞々しい活躍が描かれる『夏雲あがれ』の下巻であります。意外な成り行きから、蟠竜公による藩乗っ取りの目論見を知ることとなった新吾たちですが、藩主暗殺計画の内容は依然掴めぬまま。果たして新吾たちは凶行を阻むことができるのか!?

 『藩校早春賦』から六年後、太郎左と仙之助が江戸に向かう一方で、藩に残った新吾。しかし思わぬなりゆきから、かつてその陰謀を阻むことになった藩主の叔父・蟠竜公が再び暗躍を開始したのを知ることになります。
 そんな折、思わぬことから江戸に出ることとなった新吾。藩主が江戸在府のいま、その身を狙う陰謀の正体を探らんとする新吾ですが、誰が敵で誰が味方かわからぬ状況の中、苦闘を強いられることになるのでした。

 ところが、ふとしたことから以前に太郎左が吉原で喧嘩した相手の不良武士の父・天野能登守が、蟠竜公と繋がっていることを知った新吾。しかし思わぬところに潜んでいた刺客がその身に迫り……

 という上巻の展開を受けて始まる本書。御家騒動は幕閣から吉原まで巻き込んでいよいよ複雑に展開する中、孤軍奮闘を強いられていた新吾はついに陰謀の存在を太郎左と仙之助に告げ、三人一丸となって立ち向かうことになります。

 しかし三人それぞれの立場から陰謀を探るも、なかなか全貌が掴めない中、ついに江戸にやってくる蟠竜公。それと前後して三人には縁深い名物老人・鉢谷十太夫も出府し、いよいよ緊張は高まります。
 そんな中、意外な成り行きから天野能登守の息子の身柄を確保した新吾。覚悟を決めて能登守の屋敷に単身乗り込んだ新吾の選択は……


 というわけで、全編クライマックスといってよいような盛り上がりを見せる本作。藩主挿げ替え、藩主暗殺と一口にいっても、それが容易く行われるはずもありませんが、それではそれをいつ、どうやって実行するのか。そして蟠竜公派を江戸で束ねるのは何者なのか――大きな謎をはらみつつ、物語はクライマックスに向けて加速していくことになります。

 しかしそんな中でも物語の成り行き以上に気になってしまうのは、三人の青年の行く末であります。御家騒動という一種非日常的な事件の中で、苦闘を繰り広げることとなった彼らは、かつて持っていた輝きをそのまま持ち続けることができるのか――と。
 いや、御家騒動という極端な例でなくとも、かつて新吾が長兄から諭されたように、武家とは窮屈さを日常とする者。あの怖いものなしに見える十太夫とて、かつて藩命によって無二の親友を斬るという苦い経験の持ち主なのですから。

 ……しかしまあ、この三人にとっては、それは心配ご無用というもの。何故ならば。彼らが戦う理由は、これまでと変わらず「自分の愛する人々を守るため」。藩と友を秤にかければ友を選ぶ――青いと言わば言え、それが許されるのもまた、青春の特権なのですから。
 戦国時代が武士の青春期であるとすれば、既に晩年にさしかかりつつある江戸時代後期においても、変わらぬ青春を過ごす者たちがいる――本作は、そんなことを示しているともいえるでしょう。

 しかし、彼らが変わらぬ青春を過ごすということは、彼らが成長しないということではありません。特に江戸での剣術修行で、最善の剣・次善の剣の存在を学んだ新吾は、これまでの行動第一の無鉄砲さから一皮むけた姿を見せることになります。
 そしてその新吾の成長が、悪人と思われていた人々の心を思わぬ形で救うくだりは、本作において最も感動的な場面と言ってよいでしょう。

 人は変わることが――いや、互いを理解し、成長することができる。文章にしてしまうと気恥ずかしいものがありますが、本作はそのことを、三人の青年たちの青春と友情の姿を通じて教えてくれるのであります。
 その一方で、もはや引くに引けなくなった大人たちの、「悪人」たちの姿もまた、本作は丹念に描き出すのですが……


 かくて一夏の冒険を終えた三人。唯一残念なのは、彼らのその後を描く物語が描かれていない(正確には『武商諜人』収録のスピンオフ短編「金色の涙」にちらりと彼らは登場するのですが)ことですが――本作に限っては、それで良いようにも感じられます。
 彼らの変わらぬ青春の姿を、いつまでも心に残したい――本作を読めば、そんな気持ちになるのです。


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