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2021.09.25

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第8巻 去りゆく人々、そして舞台は東へ

 乱を始めた者たちが去ってもなおも続く応仁の乱。そんな中で相変わらず忙しい日々を送る新九郎ですが、思わぬことから駿河そして伊豆に向かうこととなります。将来深い縁を結ぶ土地で、新九郎は何を見るのか。新たな物語の始まりであります。

 母を失い気落ちした父に代わり、本家の片腕として京と荏原を往復する忙しい暮らしを送るようになった新九郎。そんな彼が18歳となった文明5年(1473年)早々――これまで一時代を築いてきた男たちが、次々とこの世を去ることになります。
 元政所執事・伊勢貞親、西軍総帥・山名宗全、管領・細川勝元――いずれも新九郎とは様々な形で縁のあった人々であり、そして何よりも幕府の政治を(結果として)混乱させ、応仁の乱を引き起こした面々であります。

 奇しくもこれらの人々が一時にこの世を去ったのを見れば、一つの時代の終わりが感じられる――と言いたいところですが、実際には一度火がつけば、始めた人間たちがいなくなっても続くのが戦争というもの。
 応仁の乱はこれで終結、ということにはならず、むしろ周辺諸国に飛び火して、なおも延焼していくことになります。

 その一方で、関東においては関東管領・山内上杉家と古河公方・足利成氏の戦いがいよいよ激化し、いつ終わるともわからない有様。そしてその京と関東の中間ともいうべき駿河でも、独自の野望に燃える者が……


 と、この時点ではまだまだ若僧に過ぎない新九郎の預かり知らぬところで次々と広がっていく戦。しかし思わぬ形で、新九郎はその一端に触れていくことになります。

 そのきっかけとなるのは、駿河の今川義忠に嫁いた姉・伊都が義忠の子・龍王丸を産んだことであります。
 本来であれば新九郎が祝いに行かなければならないところですが、例によって伊勢家には先立つものがない――と悩んでいたところに、現当主・伊勢守貞宗の命を受けて、今川の動向をを探るため、新九郎は駿河へ向かうことになるのです。

 かねてより今川の旧領であった遠江奪還に燃えてきた義忠。それが昨今の混乱に乗じて、いよいよ遠江出兵を目論んでいるようなのですが――しかし意味あけすけで豪快な義忠から探れることは逆に少ない状況。そんなところに義忠の従弟・小鹿新五郎範満の誘いを受けた新九郎は、伊豆を訪れることになるのですが……

 これまで幾度か描かれてきたものの、新九郎の物語においてはまだ遠景に過ぎなかった関東。正直にいって馴染みのない読者が多いと思われるこの時代の関東の情勢ですが(堀越御所の鎌倉公方・足利政知と言われても、誰? と思う方は少なくないはず)、応仁の乱にようやく慣れたと思ったら今度はまたややこしい話が――というこちらの感覚は、おそらく新九郎もあまり違わないのではないかと思われます。

 しかしこの巻で描かれた数々の出会いは、この先の新九郎に大きな影響を及ぼすものばかり。もちろん新九郎もその人々もそんなことを知るわけもなく、ただ仮初の出会いと思っているわけですが――それがどのように変化していくのか、ほんのわずかばかりこの先のことを知る身としては、楽しみになるばかりであります。


 それにしても毎回感心させられるのは、本作の人物描写の巧みさ。漫画のキャラクターとしてのデフォルメがはっきりとほどこされているにもかかわらず、時折フッと絵やセリフの中に、それに留まらない一個の人間としての陰影や幅が感じられるのには驚くばかりであります。
 特に今回は山内上杉家周辺の人々にそれを強く感じたところですが――その他にも、冒頭に登場した細川聡明丸など、ほんのわずかな表情に、明確に後年の人物が透けて見えるのにも感心させられるのです。


 さて、この巻のラストでは、いかにも危うげだったあの人物が、ほとんど暴走を繰り返した末にあっけなく落命。その影響がどうなるかは次巻ですが、新九郎にとって小さいはずがありません。
 いよいよ新九郎の名が歴史に残る第一歩まであとわずか――やはり動いていないようでいて、時代ははっきりと動いているようです。


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