三好昌子『群青の闇 薄明の絵師』 美しい闇に浮かぶ絵師という存在の業
作中で様々な美の在り方を描いてきた作者の「絵師」三部作の一つ、江戸時代の京狩野家を舞台に描く奇譚――一人の絵師が辿る数奇な運命と、絵師という存在が抱く業を、その周囲の男女の姿を交えて描く物語です。
狩野永徳から続く狩野本家が江戸に移った後も、弟子筋とはいえ京で狩野流の名を守り続けてきた京狩野家。町絵師の子として育った諒は、京狩野家五代目・永博に弟子入りし、その腕に惚れ込んだ師の娘・音衣の婿養子となり、六代目・永諒として京狩野家を継ぐことになります。
しかし婚礼の晩、音衣から将来を誓った相手がいると告げられ、同衾を拒否される諒。やがてその相手が兄弟子の永華であると知った諒は彼を破門、音衣に触れぬまま、幼馴染で長崎問屋の女主人・夜湖と深い仲になるのでした。
そんな中、彼の周囲はある人物の死がきっかけとなったように、俄に慌ただしくなります。
豊臣家に伝わり、落城する大坂城から京狩野初代の手によって持ち出されたという幻の輝石「らぴす瑠璃」の消失、江戸狩野出身の弟弟子・冬信との競画、永華の起こしたトラブルをきっかけとした大店との対立、売出し中の町絵師・円山応挙との競画――そんな中で諒は己の出生の秘密と両親の死の真相を知ることに……
冒頭に述べたとおり、絵師を題材とすることが少なくない作者の作品の中にあって、絵師本人を主人公とした本作。
主人公の永諒は実在の人物ではなく、実在の京狩野家六代・永良をモチーフとした人物ですが、その生き様は、その物静かな性格とは裏腹に、強烈に印象に残ります。
何しろ彼は五歳の時に両親が無理心中で命を落とし、その血を使って襖に芍薬の画を描いたという、生まれついて画に憑かれたような人物。
その後も、妻との冷え切った関係や兄弟子の裏切り、江戸狩野との対立や彼に恨みを保つ商人の嫌がらせ、そして何処かへ消えたらぴす瑠璃と、画と狩野流にまつわる様々な事件・トラブルが、次々とのしかかることになります。
その一つ一つの重みは、読んでいるこちらが思わず言葉を失うほど。そこで描かれる不幸や行き違いのほとんどが、相手に良かれという善意がきっかけなのがまた辛いものがあります。
しかし物語そのものに決して不快感はなく、むしろ凛と一本筋が通って感じられるのは、絵師としての己を貫こうとする、つまり絵師である自分を全うしようとする諒の生き様に依るところが大きいでしょう。
京狩野派を背負っているからでも、親をはじめとした亡き人々の想いに応えるためでもなく、あるいは自己実現のためですらなく――ただ自分が絵師だから描く。それはまさに業というしかないものであります。
そして作中でそんな諒の、いや絵師という存在を象徴するものこそ、本作の冒頭に掲げられた言葉――狩野永徳が秀吉に「絵師の境地とは如何に」と問われた際の答えだという
「天無日月星 地無草木花 惟在群青闇 我見狂神舞」
という賛にほかなりません。
描いて描いて、たとえ自分自身を、周囲の者たちを犠牲にしても描き抜く。そんな諒の姿は、まさに群青の闇の中に浮かぶ、恐ろしくも荘厳で美しい狂神のようにすら感じられるのであり――それが不思議な感動を呼ぶのであります。
ちなみに本作は平成25年度の松本清張賞の最終候補になった作品がベースとなっているとのこと。作者の作品としては伝奇度が比較的低い(といっても後半、それらしい要素が現れるのですが……)のは、そのためなのかもしれない――というのは蛇足であります。
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