田中啓文『元禄八犬伝 三 歯嚙みする門左衛門』 小悪党ども、外道狂言に挑む!?
さもしい浪人・網乾左母二郎と小悪党仲間たちが、「八犬士」たちとともに巨悪の企みを叩き潰す『元禄八犬伝』待望の続巻であります。タイトルの門左衛門とは、あの近松門左衛門――大作家を歯噛みさせる芝居の裏の極悪非道な企てに、小悪党たちが挑みます。
怪盗・鴎尻の並四郎、妖婦・船虫とつるんで、金のためなら真面目に働くこと以外は何でもやる、さもしい浪人・網乾左母二郎。
しかし犬公方・綱吉の行方不明となった娘・伏姫を探しているというヽ大法師と「八犬士」と知り合ったことから、左母二郎たちは心ならずも大坂を騒がす様々な事件に首を突っ込むことに……
という基本設定の本シリーズ、この第三弾もこれまで同様の二話構成となっています。
ある晩、博打で負けすぎて刀を取られそうになったり、他人を脅しつけてタダ酒にありついたりした末、知り合いの舟で帰る途中に心中者の遺体を見つけた左母二郎。よせばいいのに娘の方から印籠をかっぱらった挙げ句に死骸を置き去りにして帰ってきた左母二郎ですが、その晩、彼の夢枕に娘が現れて恨み言を言ってくる羽目になります。
さすがに気が咎めて心中者のことを調べ始めた最中、この心中を芝居にしようとしていた近松門左衛門と知り合った左母二郎。
しかしそのわずか数日後、近松の先を越して、この心中をなぞった世話狂言が道頓堀で上演されてしまうのですが――近松によれば、いくら何でも芝居にするのが早すぎるというではありませんか。まるで心中の前から準備していたようだ――と。
一方、その芝居を上演した水無瀬座では、凄まじい軽業を披露するという旦開野太夫が大評判。その技に惚れ込んで通い詰める並四郎は、ある日太夫が小屋の人間たちと大乱闘を繰り広げているところに出くわして割って入るのですが、太夫の正体こそは……
と、いう第一話「歯噛みする門左衛門」、芝居に旦開野といえば八犬伝ファンにはすぐわかるとおり、あのキャラクターが登場いたします。八犬伝でもその華麗さではお馴染みの人物だけに、こちらでも大活躍なのですが――それ以上に目を引くのはやはり近松の登場でしょう。
作中の年代でいえば、あの『曽根崎心中』の数年前、歌舞伎の狂言を書いていた時期の近松ですが、なるほどここでこういう登場のさせ方があったかと思わず納得です。
そしてこの時代のプライバシーもお構いなしの、生き馬の目を抜くような心中もの狂言を題材としつつ、そこにとんでもない(本当にとんでもない!)外道の存在を描いてみせたこのエピソード。
クライマックスには大アクションもあり、悪党だが外道は許せぬ左母二郎一味の大暴れが存分に楽しめる一編であります。
一方、第二話「眠り猫が消えた」は、大坂の根古間神社に奉納された猫の額を巡るエピソードであります。この額に伏姫の手掛かりがあると睨んだ八犬士の一人・犬村角太郎から、確かめるために額を盗み出してほしいと頼まれた並四郎。
それくらい自分でやればいいようなものですが、実は角太郎はかつて父が化け猫に殺されて成り代わられていたという過去から、大の猫恐怖症になっていまったというのです。
仕方なく額を盗み出した左母二郎たちですが、それが思わぬ事態に発展。この額を彫ったという大工父娘のもとを訪ねる左母二郎ですが、それがさらなる騒動の元になって……
と、こちらでは八犬士の犬村角太郎(大角)が登場しますが、原典同様に、父が化け猫になっていたという暗い過去の持ち主。本作の八犬士は、実はこれまで物語の中心となることは少なかったのですが――今回は角太郎の過去が、物語の重要な要素として描かれることになります。
その一方で、神社の額を巡る騒動が思わぬ方向に発展していくのも楽しく、さらに無念無想になって池の月を斬って見せたり、この騒動に関わるのにこれは俺の○○だと言い出す(この辺り、シリーズを通じての彼の成長といえるのかな?)左母二郎も実に格好良く、これまた痛快な物語となっています。
というわけで、今回も大坂を舞台に、巨悪の邪悪な企てを、小悪党たちが行きがかり上粉砕していくという何とも痛快な物語が展開する本作。
シリーズの背骨というべき、○○が怨霊を巡る物語はちょっとお休みのようですが、しかしその楽しさは、これまでと変わるものではありません。
そして残る八犬士はあと二人、おそらく次巻で登場するであろう彼らのキャラクターも大いに楽しみなところであります。
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