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2021.10.02

相田裕『勇気あるものより散れ』第1巻 死ねなかった男と死なない娘の冒険譚開幕

 『GUNSLINGER GIRL』の作者が、今度は銃から刀に持ち替えて描く物語――明治初頭、幕末の騒乱を生き残り、しかしもはや武士としては生きられない者たちが数多くいた時代を舞台に、そんな死に損ねの武士と不死の力を持つ少女の戦いを描く伝奇活劇の開幕編であります。

 親兄弟を全て会津戦争で失い、自身は五稜郭まで流れた末に生き残った元会津藩士・鬼生田春安。死に場所を求める彼は、元旗本の娘・菖蒲の内務卿・大久保利通暗殺の企てに参加し、大久保の馬車を襲撃することになります。
 ところが馬車から現れたのはまだ若い娘――しかも刀を手に春安たちを襲う彼女と刃を交えた春安。剣戟の末に娘を確かに斬った春安ですが、娘の髪は銀色に変わり、しかもその傷はたちどころに塞がったではありませんか。
 そしてさらに鋭さを増す娘の刃に斬られて倒れる春安。しかし九皐シノと名乗った彼女にその血を与えられ春安もまた、致命傷だったはずの傷から回復したのでした。

 実は彼女こそは「半隠る化野民」――かつて異界に渡り、不死の存在となった「化野民」と人間の間の子。そして彼女の血を与えられ、一蓮托生の眷属と化した春安は、ある目的を持つシノを主と仰ぎ、行動を共にすることに……


 そんなミステリアスな展開に始まる本作。不死者の少女とその眷属となった男というシチュエーションは、実は伝奇ものではそこまで珍しいものではないように思いますが――しかし本作においては舞台が明治初頭、そして男が戊辰戦争の死に損ない、ヒロインが複雑かつ陰惨な過去を持つ不死の血族というのが目を引きます。
 不死者となって以来、その力を以て徳川幕府に――いまは明治政府に協力してきたという化野民と半隠る化野民。しかしその陰で無惨かつ悍ましい役割を背負わされた母を救うため、シノはある力を求める――というシチュエーションもユニークであります。

 そして実は菖蒲の家は、代々化野民を管理し、監督する家系だったという因縁も加わり、彼女を仲間に加えて春安とシノはある行動に出ることになるのですが――その前に立ち塞がるのがシノの兄、しかもその眷属がなんと! と、物語は上々の滑り出しといえます。


 もっとも、菖蒲の家が偶然化野民とかかわりがあったり、春安が戦った相手が、彼の言葉にあっさり――という展開は、少々うまく行き過ぎという印象はあります。
(後者については、まだ罠の可能性も捨てがたいですが……)

 しかしやはり化野民と半隠る化野民の民の設定はユニークですし、何よりも時代の境目で全てを失い、死ぬこともできなかった男が、時代の境目で自分の、自分たちの生き方を――それこそ死んででも――変えようとする少女のために戦うというシチュエーションは、大いに胸を熱くさせるものがあります。

 本作はまだまだ始まったばかり、示されているゴールもおそらくはたどり着くにはまだまだ遠く、そしてそれが真のゴールなのかもまだわかりません。
 それでもその先を――少なくともそこにどのような形で向かっていくのかを――見届けたいと思わされる、そんな物語の開幕であります。

 ちなみにこの第1巻の巻末には、幕末・明治の考証ならこの人、というべき山村竜也の記事を掲載。それだけでも本作の意気込みというべきものが伝わってくるように思えるところです。


『勇気あるものより散れ』第1巻(相田裕 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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