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2021.10.20

速水螺旋人『靴ずれ戦線 ペレストロイカ』 魔女と共産主義者、大祖国戦争をいく

 そのミリタリーを中心とした知識の該博さ、そして可愛らしい絵柄とコミカルで時にシニカルな作風が強く印象に残る作者が、第二次世界大戦中のソ連とドイツの戦い――大祖国戦争を題材に、見習い魔女とソ連軍の女性将校の奇妙な戦争を描く、ロシア伝奇とでもいうべき極めてユニークな連作です。

(この先、物語の詳細に触れる部分があるのでご注意下さい)
 大祖国戦争開戦直後の1941年、魔女バーバ・ヤガーの鶏の足の上に立つ小屋を訪れたソ連内務人民委員部 (NKVD)のナージャ。従軍指令を携えてきたナージャに様々な試練を課すバーバ・ヤガーですが、ナージャは外の世界に憧れる見習い魔女・ワーシェンカに助けられるのでした。
 結局手助けが露見したのをきっかけに、ナージャとともに従軍することとなったワーシェンカ。それから1945年のベルリン陥落に至るまで、二人の奇妙な戦争は続くことに……

 というわけで、東部戦線を転戦する二人の珍道中が連作形式で(冒頭と結末以外の時系列はバラバラに)描かれる本作。
 共産主義者という合理性バリバリのナージャと、非合理の塊のようなワーシェンカ、水と油の二人の掛け合いによって、冒頭に触れたような作風の作者らしいミリタリーコメディが展開するわけですが――当然ながら見習い魔女がいる以上、それで終わるはずもないのであります。

 実は彼女たちの前に現れるのは、ドイツ軍だけではありません。各回のゲストとして登場するのは、妖怪や魔物、神霊や伝説の英雄たちといった存在の数々。時に戦争に巻き込まれ、時に戦争に首を突っ込み、あるいは戦争とは無関係に平常運転で暴れ――と、それぞれにその個性的な性格と能力を活かして、二人を悩ませたり助けたりとするのです。

 そして感心させられるのはその顔ぶれの多彩さであります。ドモヴォーイやルサールカ、キキーモラなどの比較的メジャーな妖怪や、イリヤ・ムーロメツや聖ゲオルギイといった英雄の辺りはこちらも何とか知っていたのですが――聖カシヤーンや不死身のコシチェイといった魔物(?)たちには、「そんなのもいるのか!?」と驚かされるばかり。
 あるいは一番メジャーかもしれない「ニコライ・ワシーリエヴィチの怪物」が、実は架空の存在だったというのが一番驚かされましたが……(だから本作の中では番外編扱い)

 ちなみにドイツはさすがオカルト帝国らしく、ヒムラー直属の魔女が登場、物語を通じてワーシェンカのライバルとして彼女を付け狙うのも楽しいところであります。


 そんな伝奇もの、民俗ものとして非常に楽しい本作なのですが――しかし同時に、戦争ものとして、その負の側面をも克明に描いていくことになります。

 例えばウクライナで妖怪たちの群れから逃げ出した二人が出会ったのは、ドイツ兵に連れられて何処かへ行く、胸にダビデの星を付けた人々(ちなみにナージャはユダヤ人という設定)の行列だった――というエピソード「旅路」。
 あるいは、ワーシェンカが一目惚れして苦労して救い出した青年が、その次の回であっさり戦死し、ワーシェンカが「死」と競争をして彼を助け出そうとするも――という「死の勝利」(ここで「死」が用いる乗り物に絶句)。

 人間が戦争の中で繰り広げる数々の暴虐や愚行、そして戦争の中であっけなく失われていく命――本作がファンタジックで、コミカルであるからこそ、時にフッと描かれるそれらは、より一層鋭くこちらの胸に刺さるのであります。
 もっとも、それだからこそ最終話の展開が、何とも痛快かつ(一種の人間性の勝利として)感動的なのですが……


 全2巻と分量は多くはありませんが、内容は実に濃い本作。この『靴ずれ戦線 ペレストロイカ』は完全版というべき内容ですが、電子書籍化されており、入手しやすくなっているのもありがたいところです。


『靴ずれ戦線 ペレストロイカ』(速水螺旋人 徳間書店リュウコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon

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