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2021.10.22

『MARS RED』 第13話「弱きもの、汝の名は」

 幸せな、しかしあり得ないもう一つの人生の夢を見ていた前田。しかし現実では、前田は東京駅前で秀太郎と死闘を繰り広げていた。葵の見守る中、人知を超えた戦いを続ける二人。タケウチたちの東京脱出計画が進み、金剛鉄兵たちが暴走していく中、二人の戦いの行方は……

 中島中将から岬を嫁にもらって欲しいと頼まれ、山上に心からの祝福を受ける前田。中島邸を訪れればそこには岬の笑顔が待ち、部下の森山も顔を見せる――冒頭で描かれる、かつてあったような、しかし決してあり得ない前田の幸せな日常。前田は生前の岬に会っておらず、この後に描かれるように、前田が岬のサロメの舞台を目にすることもなかったのですから……
 そう、これは朦朧としたまま、前田が見ている夢。現実の彼は、人気のない夜の東京駅前広場で、秀太郎と戦っているのです(ちなみに本作のヴァンパイアは冬に吐く息が白くなるのですね……)

 己の意識を失ったまま、ただヴァンパイアたちに対して刃を振るい続ける前田――その前田を放置しておけば、列車で東京を脱出しようとしているタケウチやヴァンパイアの子供たちら、天満屋に身を寄せていた人々にまで害が及ぶ。それを防ぐため、秀太郎はかつての上官に刃を向けているのであります。
 そして秀太郎を追って駆けつけた葵と、東京駅のドームの上に立つデフロットの見守る前で――いや葵の目には留まらぬ高速で、激しくぶつかり合う二人のヴァンパイア。もちろん秀太郎はA級のヴァンパイア、しかし前田もS級のデフロットに血を吸われたことからおそらくA級、そして人間の頃から異常な強さを誇る人物でありました。そんな前田に全力を尽くしながらも圧倒される秀太郎ですが、刀を弾き飛ばされてもスワの二丁ナイフで受け止め、拳銃を連射し(しかしそれを全弾斬る前田)、タケウチ製の閃光弾で目を眩まし――持てる手段は全て使い、秀太郎は前田に抗います。

 その死闘の中で徐々に己を取り戻していく前田。かつて自分を甘いと一蹴した前田に対し、甘いからこそ人間なんだと言い切り、最後の一撃を放つ秀太郎。前田の刃に首筋を断たれつつも秀太郎の刃は前田を貫き――そして前田は完全に己を取り戻します。
 そして秀太郎に後を託し、「これにて任務を終了します」の言葉を遺して朝日の中に消える前田。その場所は、奇しくも岬が燃え尽きた場所と重なっていて……

 しかし、戦いはこれで終わりではありません。前田の存在に惹かれてきたか、暴走しながらも集まってきた金剛鉄兵たちとヴァンパイアたち――彼らを前に深手を負った状態の秀太郎は、葵に対して意外な願いを口にします。君の血が欲しいと。
 ヴァンパイアになってから今に至るまで、血を口にしていなかった秀太郎。前回、冗談めいて血を口にすることを勧めた葵ですが、しかし今や彼にとってそれがいかなる意味を持つか――それは葵にも痛いほどわかります。それでも、葵は己の手を秀太郎の刃に滑らせ、その血を秀太郎に与えます。そしてそれを口にした時――遠く離れたタケウチやスワたちにすらわかるほどの気を迸らせる秀太郎。しかしそれでも彼は己を失うことなく、零機関の戦士としてヴァンパイアたちに向かうのでした。そして……

 その翌夏か、浴衣で東京駅前に花を供える葵。おそらくはもう少し先の時代、異国の雑踏を歩くスワと彩芽。ほとんど現代、ファミコンに興じる子供のヴァンパイアたちを見守るタケウチ。そして現代――夜景を前にしたデフロットの言葉で物語は終わることになります。「弱きもの、汝の名はヴァンパイアなり」と……


 というわけで、大団円を迎えたこのアニメ版。私は恥ずかしながらまだ朗読劇版を観ておらず、それをベースとしたという漫画版を読んだのみですが、そちらの結末を中間地点として、その先に全く異なる物語を描いてみせたのには大いに驚かされました。

 しかし正直なところ、後半部分が長すぎる(というより前半部分が短すぎる)という印象は否めません。
 その一方で、秀太郎たちが関東大震災という天災に流される形で終わりを迎えた漫画版に対し、その後の人の愚かさが引き起こした人災に立ち向かい、その中で秀太郎が人間でありヴァンパイアである自分自身を見出す姿を描いてみせた点で、このアニメ版の物語にも、大いに納得できたところではあります。

 今ひとつ存在感の薄かった葵が、最後の最後で大きな大きな意味を持つのも巧みで、新たなヴァンパイアヒーローの誕生を描くかのようなこのアニメ版の結末は、これはこれで良いものであったと、終わってみれば感じた次第です。


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