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2021.10.06

星野之宣『海帝』第9巻 鄭和 最後の、そして自分自身の航海へ

 その生涯で幾度となく大航海を成し遂げた伝説の海の冒険者・鄭和を描く本作も、ついに完結であります。第四次航海で西の果て、全ての始まりの地に辿り着いた鄭和が見るものとは。そして長き因縁を持つ永楽帝の死が彼にもたらす影響とは。鄭和と仲間たちの最後の航海が始まります。

 永楽帝が大明帝国を治める地上の帝であるとすれば、明の威信を世界に知らしめる海上の帝として、大航海を繰り返してきた鄭和。
 第四次航海の途上で蘇門答剌の王位を巡る争いに巻き込まれ、元王子・蘇幹剌一行を亡命者として迎え入れた鄭和は、さらに遠く西の果て、つまりアフリカ大陸を目指すことになります。

 それはかつて爪哇を訪れた際に幾度も鄭和を助けた「猿神」(オラン・ペンデク)の長老の願い――その命が尽きかけている今、かつて西の果てからやって来たという祖先の故郷を訪ねたいというその想いに応えるため、鄭和は全ての始まりの地を目指すことになります。
 そこで何が待ち受けているのか――その結末にはちょっと唖然とさせられるのですが、しかしその後に描かれる巨鳥の運命と併せて、移りゆく時代を象徴したものとして、印象に残るのです。


 そして時代の移り変わりは、当然人間の側にも訪れます。鄭和がその後も第五次、第六次と航海を重ねる中、それと軌を一にするように五次に渡り蒙古親征を続けた永楽帝。しかしついにその命が尽きんとする時、彼は鄭和の宿敵たる東廠長官・蔡全人に、驚くべき最後の命を下すことになります。
 役割が終わった鄭和を、自分が亡くなった後に殺せと――ただし、陸ではなく、海で、洋上にいる間に。

 確かに、これまで必ずしも永楽帝に忠実とは言いがたかった鄭和。いや、二人が初めて出会い、永楽帝が鄭和の命以外の全てを奪い、鄭和が永楽帝の命を救ってから、二人は複雑な愛憎関係に結ばれてきました。
 それが永楽帝の最期に当たり、ついに一方に振り切れたというべきかもしれませんが――しかし、それだけでなかったことを、鄭和は、そして我々は知ることになります。

 永楽帝亡き後、財政負担の大きさから宝船艦隊は封印され、実質的に全ての財を奪われ、閑職に回された鄭和。既に彼の人生は、ここで結末を迎えたかのようにすら思えます。
 しかしさらに代が代わり、第五代皇帝が鄭和に告げた、もう一つの命令。そこに込められた永楽帝の想いの大きさ、複雑さたるや――ただただ感無量と言うべきでしょうか。


 そして60歳の時、第七次の――そして最後の、自分自身の航海に旅立つ鄭和。そこには永楽帝の命を果たすべく蔡全人はじめ東廠の刺客らも乗っているのですが――しかしそれ以上に、黒市党や蘇幹剌ら、これまで彼を信じ、彼を支え、そして彼を愛してきた人々もまた、彼と行動を共にすることになります。

 そして歴史に残る航海を終えた後に始まる最後の戦いの行方は――この詳細をここで述べるのは野暮というものでしょう。
 しかしこれまでの集大成というべきその内容に加えて、確実に時代は移り変わっていることを示す展開も心憎く(まさか戦いを決したのがあの人物だったとは! 確かに言われてみればそのとおりなのですが……)、本作の掉尾を飾るに相応しいと言うほかありません。

 そして鄭和が向かう先は、そして辿り着いた先は――いやはや、その内容はこれまで本作において何度も描かれてきた、(鄭和伝奇考とも言うべき)壮大な○○話というべきかもしれませんが、しかしこれもまた、本作の結末には相応しいと感じる次第です。


 実在の人物の、史実にまつわる行動を題材としつつも、しかしそこに豊かな伝奇性(と遊び心)を散りばめ、稀有壮大な物語を描くと同時に、鄭和をはじめとする人々の想いの行方を描いてみせた本作。
 奇想に満ちた、そして極めてドラマチックな、実に作者らしい大作であったと改めて感じます。


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