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2021.11.26

上田秀人『辻番奮闘記 三 鎖国』 辻番、長崎に誕生す!?

 平戸藩松浦家の「辻番」に選ばれたことをきっかけに、外様大名と幕府の間の暗闘に巻き込まれることとなった斎弦ノ丞の物語の第3弾であります。前作ラストで任を解かれ、国元に配置換えとなった弦ノ丞。ということはもう辻番とは無関係なのか――と思いきや、まったく思わぬ展開が描かれることに……

 島原の乱の戦後処理に関連し、時に幕府へのポイント稼ぎのため、時に隣の元松倉家の牢人を防ぐため、二度に渡って辻番を務めることとなった弦ノ丞。
 そのたびに、他家が責任転嫁のために引き起こした騒動に巻き込まれつつも何とか潜り抜けた弦ノ丞ですが――前作の結末で事件解決を優先したことから配下の反発を買い、役目を外れることになります。

 もちろん、藩から見れば弦ノ丞の行動は正当なものでありますが、最初の事件を解決した後に江戸家老の姪を妻に迎えて出世したこともあり、風当たりも小さくありません。
 そこで江戸家老の裁定で国元に還されることになった弦ノ丞ですが――少しでも有能とみなされた人間がこき使われるのは、上田作品では常識であります。

 折しも、これまでの物語で松平伊豆守に睨まれたこともあって、平戸から和蘭陀商館は長崎出島に移転――それだけでも大きな痛手であるところに、さらに長崎警固の助役を松浦家は求められることになります。その下調べのために、弦ノ丞は長崎に派遣されることとなったのです。
 共に向かうのは、最初に江戸で共に辻番を務めた田中と志賀の二人。当時は教えを請うていた二人が部下になるという何ともやり難い立場ですが、上からの命令には逆らえず、平戸について日も浅いにもかかわらず、弦ノ丞は出立することに……

 しかし長崎に到着した弦ノ丞たちを、さっそく厄介事が襲うことになります。松浦家の周囲で怪しげな動きを見せる商人・大久保屋の差金で地元の無頼たちが弦ノ丞たちを襲撃してきたのであります。
 もちろんこれを軽々と撃退した弦ノ丞たちですが、それに目をつけたのが、長崎奉行・馬場三郎左衛門。江戸での辻番としての活躍を知る奉行から、何と弦ノ丞は、長崎の辻番を命じられてしまったのであります!!


 ――いやはや、弦ノ丞が国元に異動ということで、シリーズタイトルである『辻番奮闘記』はどうなってしまうのだろうと思いましたが、まさか長崎で辻番とは!
 辻番といえば江戸の町のものと勝手に思い込んでおりましたが、確かに大名や旗本が分担する制度は江戸のみとしても、町の治安維持に当たる辻番自体は、どこに置かれてもおかしくはありません。

 特に今回、長崎奉行から弦ノ丞が命じられたのは、奉行所の手伝い(を自ら申し出た)という名目。この辺りのロジックが実に役人らしいのですが――この先松浦家が長崎警固を担当するという設定と相まって、厭でも長崎奉行の命に従うしかない、という構図が、実に巧みというほかありません。

 そしてさらに面白いのは、弦ノ丞たちが任されたのが、長崎の内町と外町の境目であるという点です。実はこの当時、長崎は内町を長崎奉行が、外町を長崎代官が治めるという体制。そして長崎代官の名は、末次平蔵……

 この平蔵、本作の時点では二代目ですが、実は先代はある一点において松浦家と繋がりが、という史実を踏まえての物語展開には、これはもう痺れるしかありません。
 この巻の時点では、その概要が示されるのみですが、この先の本シリーズの展開を左右するに違いない謎の提示には期待が膨らみます。


 かくて、アクロバティックな手法ではあるものの、今度は長崎で辻番を務めることとなった弦ノ丞。それだけでなく、辻番という一見末端の役職でありながら、外様大名家と幕閣の思惑の間に立たされ、お家の立場を代表して奮闘する、という本シリーズなではの構図は、本作においても健在であります。

 この巻のラストでいよいよ本格始動することとなった長崎辻番。そして物語の方も、これからが本格始動することとなるのでしょう。それがどこに向かうのか、楽しみにしているところであります。


『辻番奮闘記 三 鎖国』(上田秀人 集英社文庫) Amazon

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