上田秀人『辻番奮闘記 二 御成』 辻番に交錯する外様大名の姿
平戸藩松浦家が江戸の町に設けた辻番が、大名家と幕閣の間で必死の戦いを繰り広げるユニークな設定の物語の第2弾であります。一度は辻番から離れたはずの斎弦ノ丞が再び呼び戻された理由とは、そして彼が直面する新たな難事とは――将軍家御成を背景に、新たな戦いが描かれます。
島原の乱の最中、松平伊豆守から藩に向けられた疑惑の目を逸し、ポイントを稼ぐために松浦家で強化された辻番――その一員に任じられた斎弦ノ丞は、隣の島原藩松倉家の前で起きた刃傷沙汰に始まる騒動解決に奔走、無事解決することに成功。
その甲斐あって馬廻り役に抜擢され、家老の姪を妻に迎えてめでたしめでたしとなった弦ノ丞ですが――乱から二年後、本作の冒頭において、弦ノ丞は再び辻番に戻ることになります。
島原の乱鎮圧後、その責任を問われて藩主が斬首、取り潰しとなった松倉家――その結果牢人となった元藩士たちが松浦家に押しかけてくるのを防ぐため、辻番頭に任じられた弦ノ丞ーしかし頭とはいえ、馬廻り役に比べれば降格なのは明らかであります。
折しも、江戸城内では将軍家光が松平伊豆守の屋敷への「御成」を決定。要するに将軍が臣下の屋敷を訪れるということで、臣下にとっては大変な名誉ですが、周囲の者たちにとっては、警護やら準備やらで負担が大きいばかりであります。
当然、辻番の負担も大きくなるのですが――そんな矢先、弦ノ丞に反抗的だった部下の一人が、夜の見回り中に行方不明になったではありませんか。
実はこれは空き屋敷となったはずの隣の元松倉家上屋敷に巣食った旧松倉藩士たちの仕業。彼らはお取り潰しとなった恨みを晴らすため、御成を襲撃する準備を進めていたのであります。
前作でも関わった南町与力・相生の手を借りてその事実を知った弦ノ丞ですが、しかし自家の立場を考えれば、放置するわけにも簡単に明るみに出すわけぬもいきません。
その一方で、やはり島原の乱の責めで謹慎処分となった寺沢家も、松平伊豆守と対立する土井大炊守に知恵をつけられて、思わぬ挙に出ることに……
というわけで、再び辻番として奮戦する羽目になった弦ノ丞の姿を描きつつ、前作同様、幕府と外様大名家、外様大名家と外様大名家、そして幕閣と幕閣の軋轢を描く、政治ドラマの要素も強い本作。
この辺りの政治ドラマは、言うまでもなく作者の最も得意とするところですが、そこに外様大名家の立場を――弦ノ丞が務める辻番を象徴としつつ――描く点が、本作の最大の特長と言って良いでしょう。
島原の乱があったとはいえ、時は既に太平の世。特に外様大名家には、これ以上の領地の拡大は望めない時代です。ということは、大名家に仕える武士たちの禄高が増えることはなく、それどころか一度その禄を失えば、再チャレンジは不可能に近い状態です。
そして本作で描かれるのは、そんな外様大名家の姿。既に取り潰された松倉家、取り潰されないまでも秒読み状態の寺沢家、そして老中首座に目を付けられ、一歩でも打つ手を誤れば取り潰される松浦家――そんなお家の状態の煽りを受けた末端の武士たちの姿が、本作では、辻番において交錯するのです。
そして特に面白いのは、弦ノ丞たちが松倉浪士たちの企みを把握していたとしても、それを恐れながら――と訴え出ることができない点でしょう。
上に述べたとおり、松浦家も目を付けられていて、少しでも瑕疵があれば即お取り潰しされかねない状況。かといって放置しておいて、松倉浪士が事を成就――しないまでも外で騒ぎを起こせば、それもまた座視していたということで咎を負わされてしまいます。そしてそれを止めるために、あまり派手に斬り合うわけにもいかず……
そんな状況を如何にして切り抜けてみせるかというのは、これは本シリーズならではの面白さというべきでしょう。
そして辛うじてこの苦境を切り抜けたものの、弦ノ丞の運命には新たな展開が待ち受けることになります。
しかしこの展開はシリーズ的には大丈夫なのか、と思ってしまうのですが――大いに意外な展開が待ち受ける第3弾も、近日中にご紹介いたします。
『辻番奮闘記 二 御成』(上田秀人 集英社文庫) Amazon
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