久保田香里『きつねの橋 巻の二 うたう鬼』 少年たちと平安の奇妙な「鬼」
地方から出てきた少年武士・貞道と神通力を持つ白狐・葉月の不思議な交流を描く平安ファンタジー『きつねの橋』の待望の続編であります。貞道たちの仕える源頼光のもとに新入りの渡辺綱がやって来たことをきっかけに、親友の季武に憑いた奇妙な鬼を巡る騒動が始まります。
化け狐の葉月や大盗賊・袴垂を巡る騒動も一段落し、平和な日々を送る貞道。しかしそこに新入りの郎党・渡辺綱が現れます。
さっそく手柄を立てた上、季武が得意とする弓の勝負で彼を打ち負かした綱。落ち込む季武を紅葉狩りに連れ出す貞道と二人の親友の公友ですが、道に迷った末、鬼が出ると噂のお堂で一晩過ごすことになるのでした。
その晩、奇妙な歌声に誘われて表に出た貞道に、京に連れていけと語る鬼。もちろんこれを撥ね退ける貞道ですが、代わって季武が鬼を受け容れてしまったのです。弓で綱に雪辱を果たし、その後も常人とは思えぬ力を発揮して活躍する季武。しかし彼は夜毎怪しげな行動を取るようになったのでした。
ある晩、季武の姿を追ううちに、綱と出会い、共に後を追うことになった貞道。しかし綱が、奇怪な行動を取る季武の腕に刃を振り下ろした結果、思わぬことに……
というわけで、貞道と葉月、季武と公友、さらに公友が仕える藤原兼家の五の君といった前作で活躍した面々に加え、新たな顔ぶれが登場する本作。貞道・季武そして公友といえば頼光四天王ですが、本作ではついに渡辺綱が登場することになります。
しかし一般に綱といえば、四天王の中でも優等生というかヒーロー担当のイメージですが、本作では生意気な転校生的な造形なのが面白い。そしてそんな綱の存在を意識する貞道や季武の姿は、過去の世界が舞台であっても、少年少女の心をリアルな手触りで描いてきた作者ならではの描写といえるでしょう。
しかし本作で最も印象的なキャラクターはといえば、それはタイトルに登場する「鬼」であることは間違いありません。
血のように夜目にも赤い葉をつけたもみじの傍らに現れ(といっても人の目には姿が見えないのですが)、心地よく響く声でもみじの美しさを詠った歌を口ずさむ――そんな極めて印象的な形で登場するこの鬼は、その後も古木を求め、歌を詠じながら京のあちこちに出没することになります。
この鬼の造形は、現代の我々がイメージする「鬼」像とは大きく異なるかもしれません。しかし平安時代の怪異・霊異に関心を持つ方であれば、むしろこれこそがこの時代「鬼」と呼ばれた――中国語の「鬼」に近い――存在にふさわしい描写だと感じることでしょう。人の目に見えず、この世のものならぬ恐ろしい力を持ちながらも、時にどこかひどく風雅で真摯な態度を取る鬼に……
そして本作は、鬼から季武を救い出そうとする貞道、力を求めた末に鬼に操られる季武、鬼の腕を落としたことで付け狙われる綱――と、この鬼の存在を中心に物語が展開していくことになります。特に綱については、あの有名な伝説を下敷きにした展開が描かれるのですが、そのアレンジの巧みさには、あれをこう描くのか――と、ただ感心させられるばかりです。
しかし、いかに貞道たちといえども、やはり人知を超えた鬼を前には分が悪い。鬼を倒せぬまでも、季武から引き離すにはどうすればよいのか? 人外という点では同じ葉月であれば――と思っても、格が違いすぎることは、冒頭で明確に描かれることになります。
それでは――その答えはここでは明かせませんが、作中に登場するある存在(このアイディアだけで瞠目させられるほどユニーク!)を介することで展開する大団円の姿は、奇妙でありながらもただひたすらに美しく、本作の結末を飾るに相応しいものであるというほかありません。
これまでも奈良時代や平安時代を舞台に、その時代の事物を描きつつも、それだけに留まらない巧みななひねりを加え、その中で少年少女の心の機微を描いてきた作者らしい、ユニークで、そして内容豊かな本作。
葉月の出番が少ないのはちょっと残念でしたが(前作の感動的な結末のその先がちょっと可笑しい)綱だけでなく、源雅信の姫君といった新キャラの登場も楽しい物語であることは間違いありません。
特に源雅信の姫君については、わかる方であればニヤリとさせられるチョイスですが、彼女がサラリとこの世のものならざる存在を受け入れる描写も実に良く、実に本シリーズらしいキャラクターと感じます。
この先もこの少年少女たちの、奇妙で胸躍らせる冒険を見てみたい――そう感じさせられる良作であります。
『きつねの橋 巻の二 うたう鬼』(久保田香里 偕成社) Amazon
関連記事
久保田香里『きつねの橋』 少年武士が渡った向こう側
Tweet |
|
| 固定リンク