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2021.11.20

辻真先『二十面相 暁に死す』 少年探偵vs少女怪盗? 名作パスティーシュふたたび

 大大大ベテランによる『怪人二十面相』パスティーシュの第2弾であります。明智小五郎も復員してきた昭和21年、再び活動を開始した二十面相に挑む明智探偵と小林少年。しかし二人の偽物が出現して捜査を撹乱、そして小林少年は思わぬ出会いを経験することに……

 終戦直後、明智小五郎がまだ復員していない時期を舞台に、焼け跡となった東京で小林少年と怪人二十面相が巨悪に挑む様を描いた『焼跡の二十面相』。その続編である本作では、小林少年がいよいよ明智探偵とともに、怪事件に挑むことになります。

 少年探偵団のメンバーであり、『怪人二十面相』で家の財宝が二十面相に狙われた羽柴君。その羽柴家に、何と明智探偵と小林少年の偽物が現れ、まんまと財宝を奪っていった――そんな事件から本作は幕を開けます。
 明智探偵の偽物は二十面相だとして、小林少年の偽物の方は? そんな疑問も解けぬまま、二十面相は今度は銀座で衆人環視の下で宝物を強奪、続いて名古屋でも警察を出し抜き――まさに神出鬼没の二十面相に翻弄される小林少年ですが、ある日、前作で対決した四谷財閥が運営する学園で夜ごと奇怪な出来事が起きていることを知ります。

 そしてその調査に出かけた先で、彼はミツルと名乗る少女に出会うのでした。実はミツルこそは二十面相の手下であり、そして偽小林少年の正体――しかし二人は思わぬ成り行きから呉越同舟、東京の地下で命がけの冒険を繰り広げることになります。
 その中で不思議な絆が生まれる二人。しかしそれがさらなる冒険に繋がることに……


 と、物語的には、二十面相の神出鬼没ぶりが描かれる前半(作者のホームグラウンドというべき名古屋が舞台となったり、小林少年の鉄ちゃんぶりも楽しい)、小林少年とミツルの冒険が展開する中盤、そして登場人物たちが一堂に会して繰り広げられる後半と、大きく物語的には三部構成の本作。
 しかし前作が孤軍奮闘だったのに対し、本作は明智探偵が傍らにいるために、小林少年の出番が減ってしまうのでは――と読む前はちょっと気になったのですが(そして前半はそういう部分もないでもないのですが)、そこはもちろんぬかりはありません。

 中盤以降、小林少年は小林少年として、明智探偵とは別の形で大活躍を見せてくれるのが嬉しいのですが――何よりもそれが大きな意味を持つのが、ミツルの交流であります。
 怪人二十面相の配下であるミツルは、小林少年とはまさに対象的な存在であって、いわば少年探偵vs少女怪盗という構図であります。しかし本作において二人の間にある空気は、敵同士のそれではなく、間違いなくボーイ・ミーツ・ガールのそれなのです。

 原典においては(もちろん対象読者層のこともあって)浮いた話は皆無、そもそも物語での女っ気もほとんどなかった小林少年と少年探偵団。
 そこに小林少年のボーイ・ミーツ・ガールという要素を加えてみせるというのは、怪人二十面相と少年探偵団の物語における空白を埋めてみせるという本シリーズのコンセプトに、ある意味よくマッチした趣向と言うべきでしょう。

 もっとも、そのさじ加減を誤れば、ファンにとっては解釈違いで大変なことになってしまいます。しかしその点ももちろん問題はありません。十分に節度の効いた、それでいて実に魅力的なミツルのヒロイン像もあって、二人のドラマは、大いに納得できる、そして切なくも心温まる物語として成立しているのです。(二人の存在を象徴するような、二人が共に見る景色の描写が、また実に美しくて印象的!)


 もちろん、大人たちも負けてはいません。要所要所できっちりと二十面相のトリックを暴いてみせる明智探偵と、思いもよらぬ姿で「活躍」していたことが明かされる二十面相――特に今回描かれる二十面相のある姿は、太平洋戦争中の空白期に彼が何をしていたかの一つの解釈であると同時に、あるキャラクターのオマージュも感じられるのが実に楽しいところです。

 そして詳しくは書けませんが、この二人が共通の敵に対してそれぞれのスタイルで挑むというクライマックスの展開は、これは大乱歩でも描けなかった、本作ならではのものというべきでしょう。
 そして名探偵と怪人それぞれが、自分の庇護下にある(あった)少年少女に向ける眼差しの優しさもまた、本作の後味の良さに繋がっていることは間違いありません。


 「正史」では、戦後に再び怪盗二十面相の跳梁が始まるのはこの三年後、『青銅の魔人』から。そこに至るまでの空白の物語として、前作同様、まことに愛すべき名品です。


『二十面相 暁に死す』(辻真先 光文社) Amazon

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