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2021.11.01

楠桂『鬼切丸伝』第14巻 鬼切丸の少年に最悪の敵登場!?

 この世で唯一鬼を斬る力を持つ神器名剣・鬼切丸を持つ少年の戦いを描く『鬼切丸伝』最新巻は、「徳川けもの鬼異聞」前後編、「三木の干殺し鬼」、「鳥取の飢え殺し鬼」、「鍋島鬼猫騒動」の全4話5回を収録。この巻では思いもよらぬ新たな敵が現れることに……

 平安時代、鬼に食われた尼の身より生まれて以来、人を白眼視し、ただ鬼を斬ることのみを宿命として生きてきた鬼切丸の少年の物語である本作。最新巻の冒頭に収録されているのは、悲運の武将・結城秀康を描く前後編「徳川けもの鬼異聞」であります。

 家康の子に生まれ、秀吉の養子となりながらも、どちらの跡も継ぐことができず、一武将として生きてきた秀康。そんなある日、彼は獣のような顔をした鬼が、父・家康と弟・秀忠を食い殺す夢を見るようになります。
 そしてその鬼の口の中で自分の顔が笑っているのを見た秀康は、己の中に鬼が棲んでいると恐れるようになるのですが、その鬼の正体とは実は……

 これまで秀康を描いてきた様々な物語の中でも一際奇怪なものの一つであるこの物語は、なんと秀康○○説を題材としたエピソード。かなり珍しい巷説というべき題材を、このような形で使ってくるとは驚かされます。
(ちょっと扱いが難しいところもある題材を扱うことについて、あとがきの作者の言葉は説得力があるというか何というか……)

 出生に屈託を抱えてきたのは秀康だけでなく、別の誰かも秀康のことを――という人の業と業がぶつかり合う物語展開は、まさに本作ならではのもの。それだけでなく、秀康の複雑な内面を浮き彫りにするような二段構えのクライマックスにも唸らされます。
 ゲストとして、以前本作に登場した(鬼に関しては秀康の先輩格の)阿国が登場するのも嬉しいところです。


 一方、「三木の干殺し鬼」、「鳥取の飢え殺し鬼」は、秀吉が行った二つの城攻めを扱った、ある意味前後編的なエピソード。三木城と鳥取城の双方で、兵の犠牲を最小限にするためにと兵糧攻めを行った秀吉ですが、それによって地獄を見たのは、城に籠もった兵、そして城に避難してきた庶民であります。
 極限の飢餓の中で人間性を喪って殺し合い、そして死んだ者の肉を食らう地獄絵図の中に現れた少女・柊は、自らの持つ「ある力」でもって、か弱き者たちを救うと告げるのですが……

 と、本作であれば、柊の持つ力と、それがもたらす結果はある程度予想できるかと思います。しかしこれまで人の業や咎が生んだ鬼を描いてきた本作において、彼女の持つ力が破格のものであることは間違いありません。
 ある意味これは、鬼切丸の少年にとっては最悪の敵の登場編というべきでしょうか。

 しかし、こうした特異な内容以上に印象に残るのは、飢餓地獄に陥った人々を容赦なく描く作者の筆の冴えかもしれません。
 もとよりホラー漫画家として数十年に渡り我々読者を震え上がらせてきた作者ですが、ホラー味もさることながら伝奇味の方が強めの本作において、久々に人間の厭な部分を全開で見せるホラーを突きつけられた気分であります。


 そしてラストの「鍋島鬼猫騒動」は、これはタイトル通りの鍋島の化け猫騒動を題材とした物語であります。
 鍋島光茂の囲碁の相手を務めていた龍造寺家の末裔・又一郎が光茂に殺され、その母も恨みを呑んで自害。その血を舐めた愛猫のこまが化け猫に変じ、光茂の愛妾・お豊を食い殺して成り代わり――と、一見本作は、驚くほど鍋島の化け猫騒動そのままのエピソードに見えます。

 が、そこに何故鬼切丸の少年が絡むのか――すなわち何故鬼が登場するのか、というの一ひねりが面白い。そしてそこからさらに、巷説で知られる化け猫騒動の内容とは異なる裏の事情が――という展開の妙が味わえるエピソードであります。
(そしてこちらもあとがきの作者コメントが結構愉快)


 次巻では柊の再登場に加えて、楠木正成にまつわるエピソードが描かれるとのこと。まだまだ人の世に鬼の種は尽きず、現代まで至る少年の旅路も険しい様子です。


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 『鬼切丸伝』の年表

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