上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 一 召喚』 柳生家の秘密兵器は大坂商人!?
昨年から今年にかけて、長期シリーズの完結、新シリーズのスタートと大きな動きを見せている上田作品。そして本作もその一つ――大坂の大商人の孫として育てられた柳生宗矩の庶子が、柳生家の危機に引っ張り出されるという、空前絶後のユニークな物語の開幕篇であります。
寛永十三年、惣目付としての活躍を賞された形で加増され、一万石の大名となった柳生宗矩。しかし大名を監察する惣目付が大名というのは問題がある――ということで惣目付の任を解かれ、柳生家は今度は監察を受ける身となります。
惣目付時代の強引な働きで周囲から恨みを買っている宗矩ですが、旗本から大名家に移る際のあれこれの中で足を掬われるわけにはいかない。そこで宗矩が目をつけたのが、大坂で暮らすある若者でした。
その若者とは、大坂一の唐物問屋・淡海屋七右衛門の孫・一夜――実は彼は、大坂の陣で宗矩が大坂を訪れた際に、淡海屋の娘と通じて生まれた子供。しかしそれ以来21年間、宗矩は全く彼に連絡もせず放置していたのであります。
一方、七右衛門の薫陶を得て、若くしてめきめきと商才を発揮している一夜にとって、武士の世界など全く興味がない世界。しかし実父からの使者により、彼は強引に江戸に召還を受けることになります。
宗矩の目的が、大名家となった柳生家から金が出ていくのを引き締め、そして入ってくる金を増やすことにあると知り、江戸への旅の途中に柳生の里に寄って実地見聞を行おうとする一夜。
しかしそこで待ち受けていたのは、一夜の腕前を確かめ、特訓してやろうと手ぐすね引いていた長兄・柳生十兵衛で……
文庫書き下ろしシリーズを5、6作同時進行し、ほぼ月刊ペースで発表してきた多作家の作者。そんな上田作品の特長の一つは、極めてユニークな――他の作家の作品ではなかなかお目にかかれないような――設定、特に主人公の設定にあると感じます。
もちろん、全てが全てというわけではありませんが、主人公の職業(役目)、立ち位置などは非常に珍しいものばかり。当然ながら、その主人公が関わる物語も個性的なものになるわけなのです。
そして本作の主人公・一夜が、その中でも一際ユニークな存在であることは間違いありません。剣豪主人公がほとんどだった作者の主人公の中では初といってよいほど腕前はからっきし、剣豪中の剣豪というべき柳生新陰流宗家の血を引きながらも、剣には、いや武士には全く興味がないのですから。
というよりも彼は二重の理由で武士という存在を白眼視しているかのような青年。一つは生まれて以来宗矩に放置されていた故、そしてそれ以上に(というよりこちらが大きいのですが)、武士という存在が支配階層といいつつ、この先何も生み出すことができないどん詰りの存在であることを理解しているからにほかなりません。
実はこの視点は上田作品にはお馴染みのものであり、主持ちの武士――というより役人や政治家――と商人の対峙というのも、上田作品で陰に陽に描かれてきた構図であります。
これまでは基本的に主人公は武士であったために、商人はそれと敵対するもの(あるいは主人公を教導するもの)として描かれてきましたが、その立場が逆となったら――これが実に痛快、なのであります。
支配階級だと、武力の持ち主だとふんぞり返る武士たちに恐れ知らずにツッコミを入れ、その世間知らずぶりを容赦なく剔抉する――そんな商人主人公である一夜。
これまでの主人公の多くが、武家社会の枠にはめられて生きる――もちろんそこにまた我々を共感させる姿があるのですが――存在であったのに対し、どこまでも自分の才覚で道を切り開いていこうとする彼の姿は、新たな上田主人公像を感じさせてくれます。
もちろんそれだけでなく、剣術はからっきしと言いつつ、とんでもない能力を持っていたりするのですが……
しかも、彼の向かう先は前途多難であることは間違いありません。宗矩や十兵衛はともかく、左門は一夜に敵意を隠さず(将軍命の彼のキャラがコワい)、柳生家の中でもまだまだ彼は異分子であります。
一方宗矩はといえば、かつての惣目付の同僚が足元を掬わんと虎視眈々と付け狙い、さらに家光からは無茶ぶりの密命を受ける始末。さらに家光の寵愛を巡り、堀田加賀守の嫉妬が左門に向けられ――と、柳生家の行く末は危険だらけであります。
そんな中、(ようやく柳生の庄の十兵衛の下を逃げ出し)いよいよ江戸に向かう一夜の運命は――続巻も近日中にご紹介いたします。
『勘定侍 柳生真剣勝負 一 召喚』(上田秀人 小学館文庫) Amazon
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