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2021.12.04

畠中恵『またあおう』(その二) 後を継いだ者の奮闘

 『えどさがし』に続く、『しゃばけ』シリーズの外伝集第二弾の紹介の後編であります。今回は残る二話をご紹介いたします。

「一つ足りない」
 かつて中国大陸から九千の河童を率いて海を越え、九州に上陸した九千坊河童。やがて河童の王となった彼が気にしているのは、自分の名が万から千欠けた九千であること――そのせいか常に欠落感に悩まされていた九千坊ですが、ある日それどころではない事態が起きます。

 加藤清正お気に入りの小姓を川に引きずり込んで死なせたという濡れ衣を着せられた末、猿の攻撃を受けることとなった九千坊。実はそれは河童が持つ人間に化けることができる秘薬を狙う、猿側の陰謀だったのです。
 配下では猿に敵わないと、九千の河童を連れて九州を離れ、東に向かった九千坊。しかし北条家と結んだ猿に、禰々子河童が拐われてしまったと聞かされた彼は、行きがかり上、禰々子を救いに向かうことに……

 本作の主人公となる九千坊は、禰々子同様に「実在」の――伝説にその名を残す河童であります。しかしその伝説というのが、上で触れたように、清正の小姓に手を出した挙げ句、攻められて九州から逃げ出したというあまり格好良くないものであります。
 そして本作の九千坊もまた、どこか人が良くて心配性、さらに名前へのコンプレックスも相まって、あの強烈な禰々子と出会ったらどうなるのか、心配になってしまいます。

 しかし――結末に向かうにつれて、どんどん九千坊に対する我々の印象が変わっていくのが楽しい。そして九千坊自身も、己の為すべきことを見出した末に、自分自身を肯定する境地に至るのが、また後味が良いのです。

 それにしても本作で描かれた猿の陰謀が、何気に一大伝奇ものな内容だったのも、個人的には大いに楽しかったところであります。


「かたみわけ」
 若だんなが長崎屋を継いだ、「いま」から少し先の時代――先だって広徳寺の寛朝が亡くなり、その後を継いだ弟子の秋英から、長崎屋の妖たちはある頼みごとをされることになります。それは、かつて寛朝が封じた一番強い怪異が宿った品々が、手違いで寛朝の護符から解放され、逃げ出したのを捕まえてほしいというものでした。

 若だんなが仁吉とともに商用の旅に出て、佐吉も長崎屋を守って動けない中、秋英の手伝いを引き受けた屏風のぞきや金次たち。しかしなくなった六つの品物を探す中、そのうちの一つである幽霊画が、地獄に通じる袋を持っているのを知ることになります。
 しかも新弟子の寛春を拐ってその袋にいれてしまった幽霊画。他の品物を探しつつ、寛春を救い出そうと奔走する秋英と妖たちですが……

 帯に「えっ、若だんなが長崎屋を継いだって!?」とあるように、ある意味この『またあおう』の目玉であるエピソードが本作。
 しかし、若だんな自身は商用旅で不在、作中でも皆から「若だんな」と呼ばれていることもあってほとんど未来感は薄く、「えどさがし」に比べると、イベント的な要素はかなり小さいといえます。
 もっとも、冒頭の「長崎屋あれこれ」ではあんなに元気だった寛朝が――と少々感慨深くなるのですが、そこで師匠の尻をひっぱたいていた秋英が、今度は自分が人を導く側としての重圧を味わうというのは、やはり『しゃばけ』らしい、展開といえるでしょう。

 また特筆すべきは、登場する妖たちのバラエティとパワーですが――これが鳥の根付け・猫の絵が描かれた文鎮・美人絵の掛け軸・幽霊画・ビードロの金魚そして「失せし怪異」と、あるいはこの話だけで一冊になるのでは、という強敵揃い。若だんなと兄やたち抜きで立ち向かう妖たちの奮闘ぶりも印象に残ります。
 特に本作一の強敵というべき幽霊画は、登場シーンの「おいっ……拙い、怖い、何だ、あれ」という屏風のぞきの台詞だけでもヤバさが伝わってくる怪物で、携えるのが地獄の風が吹く袋(近づくだけで異様な気配が強まっていくという描写も凄まじい)というのも恐ろしく、怖さという点ではシリーズ屈指であったかもしれません

 イベント性はともかく、内容の豊かさでは本書でも屈指の作品です。


 というわけで、外伝が冠されていても『しゃばけ』としての楽しさは変わらない本書。次の外伝集は当分先だと思いますが、そちらも楽しみに待っていようという気になるものです。


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 しゃばけ
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