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2021.12.02

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の1「渡裸の渡し」 第18章の2「九つの目の老人」

 しばらく間が空いてしまいましたが、北から来た盲目の美少女修法師・百夜の活躍を描く『百夜・百鬼夜行抄』の第十八章の開幕であります。前話――通算百話記念の特別長編に登場した少女・むつの存在を軸に、百夜たちの新たな旅が始まります。

「渡裸の渡し」
 母の行いによって人間を遥かに超える力を得て、新たな八百比丘尼になる運命を背負わされたむつ。彼女を導くために津軽での修行を請け負った百夜の師・峻岳坊高星ですが、まだ子供っぽさの抜けないむつに手を焼き、百夜(と左吉)も津軽への旅に同行することになります。

 その旅が始まって間もない千住大橋で、とある船宿から加持祈祷の依頼を受けた高星と百夜。船宿のある渡羅の渡しで、舟に水を吹きかける何者かが出没――ついに姿を現したそれは、人間ほどもある巨大な鼈だったというのです。
 百夜たちに興味を持って強引に同行してきた浪人・久保田五郎右衛門とともに、渡羅の渡しに舟を出した百夜が見破ったその正体とは……

 前話の結末において、いずれは人でなくなり、神に近い存在になると語られたむつ。彼女を善導するために高星が引き取って前話は終わったのですが――この第十八章では、あっさり音を上げた高星の頼みで百夜も同行することになった旅が描かれることになります。
 単純に力だけでいえば百夜どころか高星を上回りつつも、まだ子供っぽさが抜けないむつの存在があるために、これまでのシリーズとはちょっと趣が異なる展開ですが、本作の内容自体は、オーソドックスな怪異譚であるといえます。
(もっとも、川の中から現れる人間大の鼈というのはちょっと怪獣めいた趣もあり、心がときめきますが……)

 もう一つ、おそらくはこの章のもう一人のキーパーソンになるのではないかと思われる浪人・五郎右衛門もここで登場。腕は立ち世知に長け、それでいてどこか抜けたところも感じさせる愉快なキャラクターで、物語の良いアクセントになりそうです。


「九つの目の老人」
 宇都宮宿で男どもが遊びに出かけた一方で、宿で頭に角を生やし、目のない顔を持つ白髭の老人と、その周囲を回る九つの光の玉と遭遇した百夜とむつ。
 むつはその正体をすぐに見破ったのに対し、自分が見破れぬことに苛立つ彼女は、通りすがりの旅人の言葉からあることに気付くことになります。そしてあくる晩、再び彼女たちの宿に現れたモノと、その正体とは……

 前話で述べたとおり、霊力という点では完全に百夜を上回る力を持つむつ。ほとんど未来予測に近い力まで発揮する彼女の存在は、本シリーズの探偵役として怪異の正体を暴き、物語を引っ張る百夜にとっては、まことにやりにくい存在であるといえます。
 事実、(前話でもそういう部分はありましたが)本作では完全に百夜はむつに食われた状態で、これまでの物語に親しんできた身にとっては、いささか違和感を感じないでもありません。

 もちろんそれは計算の上、百夜の複雑な心境を描くための構成ともいえますが――その果てに明かされる怪異の正体は意外性たっぷり(そしてそこにむつの存在そのものが絡んでくるのもまた心憎い)な上に、本シリーズならではの神仏の世界のロジックというべきものを感じさせてくれるものとなっていて、満足いたしました。

 それにしてもむつは、単に強力な力を持つだけではなく、それが行く先々の様々な超自然的な力を刺激し、怪異の出現に繋がるという意味でも、台風の目のような存在。その一方で、やがては人間性を失うことが予告されており、その点でも彼女のこれからが大いに気になります。
 百夜にとっては色々な意味で頭の痛い妹弟子の登場というべきですが、それは同時に、超然とした部分が多く描かれていた――もちろんそれは彼女の一面に過ぎないのですが――百夜の新たな一面を描くのでは、という期待もあります。

 しかし頭が痛いといえば、左吉も高星も五郎右衛門も、今回の男性陣は全員遊び好きでボケ属性のため、ツッコミ役の百夜はこちらでも苦労させられそうであります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『渡裸の渡し』 Amazon/ 『九つの目の老人』 Amazon


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