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2021.12.03

畠中恵『またあおう』(その一) 久しぶりの「しゃばけ」外伝集登場!

 『えどさがし』以来久しぶりのしゃばけ外伝が、今回も文庫オリジナルで刊行されました。描き下ろしを含めて全五話、普段とはっちょっとだけ違う、しかしいつもと変わらないしゃばけの世界が広がります。ここでは収録作を一話ずつ紹介しましょう。

「長崎屋あれこれ」
 冒頭に収められた本作は、長崎屋に集まる妖たちや人間たち、神様たち――つまりは『しゃばけ』の世界観の紹介編といった趣の掌編。
 若だんなが暮らす離れにあった大福を通じて妖たちが語られ、若だんなの病(という誤解)を通じて仁吉と佐助の兄や達と二親のことが語られ、さらに広徳寺の寛朝と秋英のことが、さらには神様たちまでも――と、次々とキャラクターが増えていくことになります。

 内容的には長崎屋の日常風景といったところで、目立った点はありませんが(唯一、若だんなの一人称から物語が始まるのは「おっ」と思わされましたが、それも冒頭のみ)、分量は少ないながらもなかなかに賑やかなエピソードです。


「はじめての使い」
 戸塚宿の猫又たちの長・虎の命で、長崎屋にきつね膏薬を届けることになった虎の玄孫のとら次。親友のくま蔵とともに初めて江戸に行くとら次ですが、途中で路銀を盗まれてしまうのでした。
 さらに、保土ヶ谷で幅を利かせる口入れ屋・大阿部屋が猫取りをしているのを見て猫を逃し、袋叩きになってしまう二人。途中で知り合ったおかしな雲助の亀助と鶴吉に助けられたものの、今度は彼らにきつね膏薬を奪われる羽目になります。

 それでも雲助たちが大阿部屋に捕まったと知り、助けに向かう二人ですが、事態はさらに悪化することに……

 扉絵の楽しそうな旅姿の猫又二人を見ているだけで思わず顔がほころぶ本作。しかし旅先で二人が出会うのは、何とも油断のできない悪党ばかりという、なかなかにシビアな内容であります。
 そんなある種の世知辛さもさることながら、こうした悪党たちが、単純に恐ろしいだけでなく、どこか人が良かったり、実は抜けていたりと、複雑な造形なのも、いかにも「しゃばけ」らしいところです。

 そんな中で奮闘する若き猫又二人はまだまだ未熟者で、見ていて危なっかしくてしかたないのですが――そんな自分たちの姿を自覚して、自分たちにできることを探す姿には、シリーズの一つのテーマというべき「成長」の形が確かにあるといえるでしょう。


「またあおう」
 寝込んだ若だんなの代わりに、主のお供で「連」(趣味人の集い)に参加した金次と屏風のぞき。様々な品物の品評の場である連で数々の付喪神と出会った二人ですが、突然の竜巻で付喪神たちがびしょ濡れとなってしまいます。
 彼らを助けるために取りあえず長崎屋に預かることとした二人。何とか直しに成功した妖たちですが、その時、草双紙から現れた手が妖たちを掴むのでした。

 気付いてみれば、どことも知れぬ土地にいた妖たち。やがてここが草双紙の中の世界と気付く妖たちですが、しかし『桃太郎』であったはずの草双紙とは、内容が大きく異なっていて……

 表題作の本作は、若だんながダウンし、兄やたちもいない中で、お馴染みの妖たちが奮戦する物語。しかもその舞台が草双紙、しかも桃太郎の物語の中というのは、これは妖たちが主人公のエピソードならではのユニークさというほかありません。
 しかも面白いのは、桃太郎という極めてメジャーな物語ながら、妖たちが目の当たりにするその内容も登場人物も、全くそれらしくないことであります。はたして見たこともない登場人物たちは何者なのか、そして何故物語は奇妙な形に変わってしまったのか……

 その真相には驚きつつも思わずホロリとさせられるのですが、しかしこの状態をそのままにしておけないのも事実。知恵袋の若だんな不在の中、誰がどうやってこの難題を解決するのか――その意外な答えもさることながら、ラストに至りタイトルの意味が明らかになるのもグッときます。

 表題作にふさわしい快作というべきでしょうか。


 残る二作品は次回紹介いたします。


『またあおう』(畠中恵 新潮文庫) Amazon

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 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
 『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの

 しゃばけ
 「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
 「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
 「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界
 「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
 「うそうそ」 いつまでも訪ね求める道程
 「ちんぷんかん」 生々流転、変化の兆し
 「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で
 「ころころろ」(その一) 若だんなの光を追いかけて
 「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
 「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
 「やなりいなり」 時々苦い現実の味
 「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
 「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束
 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
 畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
 畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い
 畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長
 畠中恵『いちねんかん』(その一) 若だんな、長崎屋の主人になる!?(ただし一年間限定
 畠中恵『いちねんかん』(その二) あっという間に過ぎ去る一年間の果てに








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