栗城祥子『平賀源内の猫』 第9話「カランスからの手紙」
「お江戸ねこぱんち」誌に連載されていた『平賀源内の猫』の続きが、webコミックとして発表されました。平賀源内と赤毛の少女・文緒、そして源内と暮らす猫・エレキテルのトリオが様々な事件を解決していく物語の、待望の新章であります。
生まれついての赤い髪がもとで、父亡き後、継母や周囲の人々から疎まれてきた文緒。江戸に出て源内の家に住み込みで手伝いをすることとなった彼女は、博覧強記で意外と人情家の源内、帯電体質の猫・エレキテルとともに、様々な事件に巻き込まれて……
という基本設定の本作、今回紹介する第9話のタイトルは「カランスからの手紙」。カランスとは聞き慣れない言葉ですが、これは人名――本作の少し前の時代のオランダ商館長であり医師だった人物であります。
ある出来事がきっかけで知り合い、意気投合したカランスと手紙をやりとりしていた源内。そのカランスのための薬草摘みに向かう源内と同行した文緒は、源内の子供時代の話を聞くのですが――それをきっかけに自分の亡き父母のことを思い出そうとした文緒は、急に恐怖を覚えることになります。
はたして文緒のその感情の理由は何なのか。一方、田沼意次は、異国と密かに手紙をやりとりする源内を警戒し、お庭番の倉地を動かして……
冒頭で触れたように、元々は女性向け猫時代漫画誌である「お江戸ねこぱんち」に連載されていた本作。その特徴であり魅力は、同誌の作品の中ではかなり珍しく、史実を題材としていたこと――それだけでなく、その史実を他の史実と組み合わせ、意外でユニークな物語を描き出すことにあります。
そして今回の史実における「史実」とは、言うまでもなくサブタイトルのカランスの存在です。作中で描かれる源内とカランスの初対面時のエピソード――カランスが持ち出した知恵の輪付きの金の入った袋を誰も開けられなかったのを、源内がたちどころに開けてみせたというのは、実はかの「蘭学事始」に記されたものであります。
その後、源内とカランスが洋の東西を超えて博物学者同士意気投合したというのも史実ですが――非常に有名な書物に記載されながら、意外と知られていないエピソードをピックアップして、さらにそこからさらに二人が秘密のやりとりを、という飛躍のさせ方は、やはり本作ならではの味付けと感じます。
しかし今回描かれるのはそれだけではありません。物語の発端として描かれていたにもかかわらず、ある意味既に所与のものとして特に疑問を抱くこともなかった設定――すなわち文緒の赤毛の由来が、さらには彼女のもう一つの特徴に隠されたあまりに意外な秘密に、今回光が当たることになるのです。
(特に後者は第1話にはっきりと描かれていたにもかかわらず、恥ずかしながら完全に忘れておりました……)
実は今回は一話完結というよりも続きもの、さらにいえば大きな物語のプロローグという印象なのですが、ある意味本作らしからぬ不穏さを感じさせる展開に心騒がされます。
そしてもう一つ――源内と母、文緒と実の父母という、親と子の関係が物語の根底で描かれているのも印象に残ります。本作の電子書籍化と同時にTwitter上で発表された作品『豆腐とこたつと江戸娘』ともども、そこには肉親の情に対する作者の眼差しが感じられるのです。
何はともあれ、しばしの中断から復活することとなったこの『平賀源内の猫』。それだけでも嬉しいのですが、はたしてこの先物語がどのように展開するのか――そして如何なる史実と結びつくことになるのか、楽しみなことは幾つもあります。
続くエピソードが、少しでも早く読めることを期待しているところです。
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