« 上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 二 始動』 もしかして最強の主人公、いよいよ活動開始! | トップページ | 『半妖の夜叉姫』 第38話「東雲の麒麟丸」 »

2022.01.08

森秀樹『海鶴』 伝説の鶴、瀬戸内から外海へ漕ぎ出す

 思うところあって、戦国時代の大三島に実在したという鶴姫を扱った作品を追っていたのですが、本作もその一つ。瀬戸内海の鶴姫伝説をベースにしつつも、作者らしい形で自由に物語世界が広がっていく、ユニークな戦国活劇であります。

 室町末期、瀬戸内海で恐れられた三島水軍の領袖・大祝家――その娘である鶴は、母や兄たちの目もものとはせず、思うがままに日々を暮らすじゃじゃ馬。ある日、海岸に漂着した異国の難破船を見つけた鶴は、そこに残された航海道具らしき謎の品の正体を追って、単身京に向かうことになります。
 そこで彼女を執拗に付け狙う、狐面の謎の戦士。やがてその品をきっかけに、倭寇の大首領・サバエと出会うこととなった鶴ですが、折しも三島に大内家の侵攻が始まり、兄をはじめとして周囲の人々が次々と犠牲になってしまいます。

 サバエの協力を得て三島に帰り、大内家に起死回生の決戦を挑む鶴。しかしサバエが大内家にも協力していたことから、三島水軍は敗れ、鶴の身も……


 戦国時代、武神として信仰を集め、そして瀬戸内有数の水軍を率いたことで知られた大三島の大山祇神社の大祝家――そこに生まれ、その美貌と武勇を知られた鶴姫。
 この鶴姫は、大内家の侵攻で兄を失いながらも自ら女物の鎧をまとって戦って出陣して見事に勝利したのですが――しかし戦いの中で愛する男性・黒鷹を失い、世を儚んで海に消えたという伝説が残っています。

 このドラマチックな生涯によって、後世の様々な物語に登場することとなった鶴姫ですが、本作がその鶴姫伝説の展開や登場人物等をベースとした物語であることは言うまでもありません。
 しかし本作のユニークな点は、そうしたベースを持ちつつも、並行してもう一つの物語を描き、そしてそれが最終的に前面に押し出されていくことでしょう。

 物語が始まった時点では既に故人である鶴の父が生前に隠し、彼女にのみその存在を伝えたもの――それは海の向こうから伝わった新たな武器、すなわち火縄銃でありました。
 その一方、鶴は異国の船の残骸に触れ、当時の日本においてはほとんど全く未知のテクノロジーに触れたことから、海の向こうに船出することを夢見るようになります。

 この国の争いを広げかねない武器と、海の向こうの文化を伝える航海術と――相反しつつも通底するものに触れ、揺れる鶴。そしてそんな彼女に謎めいた態度で接するサバエ――死臭に群がる蠅の王の異名を持つ倭寇の首領――と出会うことにより、彼女の世界は、また様々な形で広がっていくことになります。

 思えば原典である鶴姫の物語は、瀬戸内海というある種の内海に終始するものでした。そこでは海は――陸上では成立が難しそうな――姫武将というフィクションめいた存在に一定のリアリティを与える場であったと言えるかもしれません。
 それに対して本作は、外なる海にどんどんと広がっていく物語であります。それゆえか、本作における原典をベースとした部分は、実は全3巻のうち2巻目まででほぼ終えることになります。

 それではその先で描かれるものは何か? それは外に広がっていく、新たな物語であります。原典を超えて広がっていく物語の向かう先は、ある意味実に豪快で、作者らしい野放図な伝奇ぶりともいえますが――それは本作が始まった時にあらかじめ予定されていたものなのかもしれません。(たぶん……)


 ちなみに本作の単行本第3巻には、時代短編傑作選と銘打って、独立した短編である「戦場の夢の夢」と「二人の田丸」が収録されています。

 前者は三木城主・別所長治を攻める秀吉配下の足軽と長治の妻の不思議な交流を描いた戦国もの。後者は奇しくも全く同じ姓名を持ち、同じく抜刀術を極めながらも対照的な人生を歩む兵法者二人の対決を描く剣豪もの。
 長編に比べれば抑えめの物語という印象もありますが巧みな物語展開は、思わぬボーナストラックと言ってよいかと思います。


『海鶴』(森秀樹 小学館ビッグコミックス全3巻) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

« 上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 二 始動』 もしかして最強の主人公、いよいよ活動開始! | トップページ | 『半妖の夜叉姫』 第38話「東雲の麒麟丸」 »