« 「鬼滅の刃」遊郭編 第六話「重なる記憶」/第七話「変貌」 | トップページ | うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 六章 それぞれの想い』 この世の無情と無常を前にした犬士たち »

2022.01.26

風野真知雄『いい湯じゃのう 一 お庭番とくノ一』 吉宗と天一坊と、あと風呂と

 風野真知雄の最新作は、タイトルからではちょっと何の話かわからない物語――実に徳川吉宗の治世を舞台に起きたある事件を題材としているのですが、物語の様々な要素がいずれも「風呂」に繋がっていくユニークな作品であります。吉宗の肩凝りを治すことができる者とは、そして湯を巡る陰謀の目的とは……

 時は享保十三(1728)年、既に壮年の吉宗をこのところ悩ませるのは、とてつもない肩の凝り――これまで彼の体を治療していた揉み師が突然亡くなり、そして吉宗が気に入って江戸城に運ばせていた熱海の湯が何故か届かなくなってしまったことから、吉宗はお庭番を調査に向かわせることになります。

 そこで選ばれたのは、お庭番の中でも伝説の存在である湯煙り権蔵――全国の温泉を制覇したと豪語する温泉オタにして、お湯の中であれば無敵という、この任務のためにいるような男であります。そしてそんな彼のお目付け役に選ばれた美貌のくノ一・あけびは、権蔵のセクハラに手を焼きつつ、熱海だけでなく各地の温泉で何者かによって異変が起こされていることを突き止めるのでした。

 一方、その頃江戸で評判となっていたのは、病に苦しむ人々を湯屋で治療する若き山伏・天一坊。湯の神を信仰しているという彼は、治療の傍ら、集まった人々に風呂に対する幕府の対応には不満があると公然と説くのでした。
 南町奉行・大岡忠相は、その天一坊に興味を持ち、自らその弟子・山内伊賀亮に接近するのですが――天一坊が吉宗のご落胤と聞かされ、対応に苦慮することになります。

 そして町火消し・い組の纏持ち・丈次は、湯屋への火付け事件を解決したのをきっかけに、湯屋の大変さを訴え、一度は江戸の湯屋に入ってみてはどうかと書いて目安箱に投じることに。ところがその投書に吉宗が興味を示したことで、新たな騒動が……


 というわけで、天一坊事件という大事件を題材としつつも、そこに風呂を絡めるという意外極まりない切り口で始まった本シリーズ。この巻はその幕開けだからということか、登場するキャラクターの紹介編的な趣きが強いのですが、これがまあ、実に風野作品らしいユーモラスな連中揃いなのです。

 物語の中心となる吉宗は、これは比較的まとも――というか、我々一般の抱くイメージに近いキャラクターなのですが、面白いのは尋常でないほどの肩凝りの持ち主というところであります(彼が同病相哀れむ相手を求めて集めた三人との会話にはただ爆笑)。
 ちなみに風野作品での吉宗は『大奥同心・村雨広の純心』『大名やくざ』など(さらに言えば、何となく重なる部分がありそうな『刺客、江戸城に消ゆ』も)、ネガティブ、というより悪役に描かれていることが多いのですが、本作はそういうわけではなくて一安心(?)です。

 そのほか、名奉行というのはあくまで自己演出で本来は小心翼々たる(そしてそれに内心忸怩たるものがある)大岡忠相、湯の神なるものを大真面目に信じる天一坊、その彼を利用して江戸の暗黒街も巻き込んでのし上がろうという山内伊賀亮等々――いずれも天一坊ものではお馴染みの面々ではあるものの、皆そこから一歩も二歩も踏み出したキャラクターとなっているのが目を引きます。

 そしてそれだけでなく、本作のサブタイトルとなっている権蔵とあけびのコンビも、実に「らしい」キャラクターといえます。

 湯の中に入っていれば無敵、しかし湯から出てしまえば一般人並みの上に、傍から見てみれば温泉のことになると早口になる、しかもセクハラ満載というオヤジの権蔵。「天守閣のくノ一」(!)候補と目される凄腕ながら、本人はさっさと商家の若旦那でもたらしこんで退職したいと考えているあけび。
 この凄いんだかそうでないんだかわからない二人は、ユーモアとペーソス溢れる、そして何が飛び出してくるかわからない――それは作者の作品全般に当てはまりますが、特にその度合いが強い――本作のカラーを象徴しているといえるでしょう。


 史実に照らせば結末は明確な天一坊事件。はたしてそこにたどり着くまでに何があるのか(あるいは本当にたどり着くのか)――ちらりとほのめかされた丈次の過去の意味有りげな部分も含めて、全く油断できない物語であります。


『いい湯じゃのう 一 お庭番とくノ一』(風野真知雄 PHP文芸文庫) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

« 「鬼滅の刃」遊郭編 第六話「重なる記憶」/第七話「変貌」 | トップページ | うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 六章 それぞれの想い』 この世の無情と無常を前にした犬士たち »