上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 三 画策』 いよいよ始まる柳生家改革――マイナスからのスタート?
大坂一の唐物問屋の跡取りから、柳生家の勘定方となった柳生宗矩の庶子・一夜の奮闘を描くシリーズもこれで第三弾。柳生家の財政をプラスに転じようとする一夜ですが、それにはまずマイナスを切るという大仕事が。その一方で、柳生家を、そして一夜を巡る外部の動きも活発化して……
惣目付としての働きを評価され、大名となった柳生家。しかし大名ともなれば旗本とは異なり様々な物入りが生じることになります。しかも惣目付として辣腕を振るった身としては、いつ足元を掬われるかわからない――という悩みを抱えた宗矩から急遽呼び出されることになった一夜。
生まれて以来完全に自分を放っておいた宗矩に、しかも刀を持ってふんぞり返るだけの武士に興味はない一夜でしたが、諸般の事情から柳生家の勘定方に就任、とりあえず百石という(柳生家としては)高禄をむしり取って……
ということでいよいよ始まる一夜の柳生家改革。基本的にこの先価値が下がっていくばかりの米を基本としている武家のシステムの中で、(江戸時代前期という時代背景もあって)金勘定のできない武士たちを相手に、どうやって財政をプラスに転じていくか――という点は物語の開始当初から一夜の頭を悩ます問題でしたが、ここからそれに本格的に着手していくことになります。
が、プラスに転じる以前に、そもそもの財政状況を確かめなくては――と帳面を調べてみれば、出るわ出るわのずさんな処理。相場がわからないのをいいことに出入り商人はふっかけ、勘定方はそれに気付かない、あるいは気付いても何もしない――そんな状況に、一夜はまず大鉈を振るうことになるのです。
基本的に本シリーズは、最強主人公が痛快に敵をやりこめるという(上田作品には珍しい)シチュエーションなのですが、そうはいってもものにはやりようがあります。
いくら正しいのは自分側だからとしても、それでいらぬ軋轢を生んでは意味がない、いやその解決も含めての活躍――というわけで、あの手この手で現状解決に奔走する一夜の姿が、この巻の一つの見せ場といってよいでしょう。
しかし能力的には最強でも、人間的に魅力がなくては困ってしまうわけですが、一夜の場合、基本的には裏表のない、等身大の若者として描かれるのがまた楽しい。
そんな彼にとって、万事しゃちほこばった武家の社会は窮屈でしかたないのですが、剣の達人で江戸までの旅を共にした武藤、柳生家の門番で実は伊賀者の素我部と、少しずつ理解者・友人と呼べる存在が登場してきたのにはホッとさせられます。
また本作で強く印象に残るのは、ラストで吐露される一夜の真情――彼が柳生家で勘定方を務める真の理由であります。
これまでも彼が勘定方を務める理由はいくつか語られ、そのどれもが事実ではあるのですが――ここで語られたそれは心情的に大いに納得できるもの。そして彼を単にドライな商売人ではなく、一人の血の通った人間として描くことに成功していると感じます。
さて、いよいよ真価を発揮し始めた一夜ですが、周囲がそんな彼を放っておきません。宗矩の追い落としを図る元同僚の惣目付・秋山修理亮が一夜を引き抜きにかかるだけでなく、将軍家光までが一夜に興味を示します。
(特に家光の場合、最愛の左門が柳生の庄に逼塞したため、その弟である一夜に目をつけたのでは――というある意味恐ろしい疑惑が)
そして跡取りを持っていかれた一夜の祖父・淡海屋七右衛門も何やら画策し始め、外野が非常にうるさい状況であります。
これに対して宗矩の側が一夜を縛るために持ち出したのが――女性。素我部の妹で美貌の伊賀忍・佐夜を一夜の女中として送り込み、あわよくば、と狙うことになります。
もっとも一夜の方も見え透いた手に引っかかる人間ではないのですが、この佐夜もかなりの肉食系というか、妙なところでムキになるタイプのようで、ちょっとこの先の関係が気になるところであります。
(ちなみに先に述べた一夜の真情を吐露した相手が佐夜なのも実に面白い)
さらに一夜抜きでも柳生家に含むところがあるのが老中・堀田加賀守正盛。家光の「寵愛」を集めた左門に嫉妬した彼は、甲賀忍の中でも陰と呼ばれる凄腕五人組を左門抹殺のために動かすことになります。
柳生家にとって左門は家光との微妙な関係を繋ぐ存在。彼がいなくなった時どうなるか――想像するのも恐ろしいところであります。
もっとも本作の左門は、柳生でも最強いや最狂の剣士――簡単にやられるはずもありませんが、さてどうなるか。もう一つの台風の目であるこちらの行方も気になるところです。
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