夕木春央『サーカスから来た執達吏』(その一) 二人の少女の奇妙な財宝探し
メフィスト賞を受賞したデビュー作の大正ミステリ『絞首商會』に続き、大正時代を舞台とした夕木春央の第二作は、華族の少女と、サーカス出身の謎の少女のコンビが繰り広げる財宝探しの物語。しかしそこで描かれるのは暗号解読に財宝消失の謎解き、そして少女の成長――胸躍る冒険が始まります。
関東大震災から2年後の大正14年、莫大な借金を負い返済に追われる樺谷子爵家に現れた晴海商事の社長からの執達吏(借金取り)。しかし日本有数の商社からの使者は、何とも奇妙な風体の少女だったのです。
それもそのはず(?)その執達吏・ユリ子は元は曲芸師――サーカスから脱走した後、震災後の焼け野原で晴海社長に拾われ、それ以来社長のために働いているというのでした。
ところが本当に奇妙なのはそれから――返すあてのない借金返済の手段として、ユリ子は十数年前から噂となっていた絹川子爵の財宝を自分が探し出すと提案したのです。
当時の価値で百万円以上の財宝を保有していたという絹川子爵。その在処は、一族の者のみが解けるという暗号で記されたものの、震災で一族が全滅し、その行方は不明のまま――そしてそれ以来、子爵家と縁のあった華族たちが血眼で探していたのです。
しかしそれだけではありません。ユリ子が借金のカタとして、樺谷子爵の三女・鞠子を預かり、財宝探しを手伝わせるというではありませんか!
一体どういう状況なのか飲み込めないまま、ほとんど手掛かりのない状況で、曰く付きの財宝をユリ子と探すことになった鞠子。しかしいかなる成算があるのか、そもそも何を考えているのかわからないユリ子に振り回されるばかりであります。
そんな中、手掛かりを求めて、かつて番人が何者かに殺されたという子爵の別荘を調べに出かけたユリ子と鞠子。
二人はそこで出会った元泥棒から、その殺人を起こしたのが財宝探しにやってきた織原伯爵家の長男であったこと――そしてその直後に、別荘にあった財宝が短時間で忽然と消え失せたことを聞かされるのでした。
さらに、財宝探しのライバルの一人である簑島伯爵から、養子に迎えたいという申し出を受ける鞠子。あまりに突然かつ不自然な申し出に一度は断った彼女は、拉致され、山中の屋敷に軟禁されることになります。
そこで鞠子に対し、彼女が財宝を手に入れるために重要な存在であると語る伯爵。しかもこの屋敷には、もう一人何者かが監禁されているようなのですが……
と、意表を突いた展開が続く本作ですが、実はここまでで全体の四割弱。この後も、ユリ子と鞠子の波瀾万丈の冒険は続くことになります。
簑島伯爵に監禁されているもう一人の人物とは。果たして消えた暗号の行方は、そして一族以外の者にその暗号を解き明かすことができるのか。別荘から忽然と財宝が消えたトリックとは。
さらに財宝を巡り新たな人死にが出る中、ユリ子が語る真相とは……
と、この先も、冒険も謎解きも盛りだくさん。しかし派手な物語展開に目を奪われますが、正当派の(?)暗号解読があったかと思えば、思いもよらぬ心理の裏をかくトリックあり、終盤にはとんでもないドンデン返しが――と、さすがはメフィスト賞受賞作家、と感心させられるばかりなのです。
しかしその一方で、さすがはメフィスト賞受賞作家、と感心させられる点がもう一つ――それもこちらの方が大きな割合で――存在します。それは本作の探偵役たるユリ子の、あまりにユニークなキャラクターであります。
それは――長くなりますので、次回に続きます。
『サーカスから来た執達吏』(夕木春央 講談社) Amazon
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