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2022.02.04

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇1 「官軍」梁山泊、初の犠牲者

 いよいよ第三部にして完結編「方臘篇」の刊行がスタートする『絵巻水滸伝』。今頃で大変恐縮ですが、その第二部のうち『遼国篇』の第1巻であります。招安され、「官軍」となった梁山泊――その初陣の相手は、北方に存在する「外敵」遼。しかしこの戦いが梁山泊に何をもたらすというのか……

 梁山泊の地を灰燼に帰さしめた激闘の果て、招安を受けることとなった梁山泊。一度は散り散りになりながらも再び集結した百八星が「官軍」となっての最初の敵は、遼――中原史における痛恨の一事ともいえる燕雲十六州を拠点に、宋を脅かしてきた難敵です。
 しかしこれまで散発的な略奪を続けていたのが一転、大規模な南下を開始した遼に対し、梁山泊に迎撃の命が下ったのですが――原典では一揉みという印象の強かったこの遼国戦、こちらでは一筋縄ではいきません。

 陳橋駅に駐屯し、出撃の時を待つ梁山泊。しかし武器や物資の補給や補充の兵の配備は滞り、駐屯中の食事にも事欠く様――招安を心良く思わない高キュウら奸臣たちの妨害が、早くも始まったのであります。
 小役人たちを使嗾して物資を横領させ、梁山泊軍に嫌がらせするだけでなく、不満を高めさせ挑発する高キュウたち。もし梁山泊軍の不満が爆発し役人に手を出せば、それをきっかけに征伐できる――そんな陰険極まりない策が進行することになります。

 そしてついにやってきたその日。怒りに任せて小役人に刃を突き立てた者、それは……


 『遼国編』の冒頭、第八十一回「陳橋之変」で描かれるのは、そんな何とも気が重くなるエピソード。招安されて最初の「犠牲者」として、思わぬ人物が、思わぬ形で命を落とすことになります。
 実はこの陳橋駅での騒動自体は原典にもあるのですが、正直なところあまり印象に残らないエピソード(原典を読み返してみると、宋江の悪い意味での腰の低さが目につきますが……)。それを本作のオリジナルキャラクターを使って、このような悲劇として再構成してみせるとは! と驚かされます。

 しかしさらに唸らされるのは、この事件が起こった陳橋という地に、本作がもう一つの意味を見出してみせること。サブタイトルである陳橋之変――それは後周が滅び宋が興ることになったクーデター。遼国迎撃のため、陳橋に駐屯していた趙匡胤が、周囲から推戴されて皇帝となったという事件であります
 なるほど、これから梁山泊が戦いに向かう相手は遼、そして梁山泊には後周の末裔である柴進がいます。ここに一つの暗合を見出すのは、呉用でなくとも自然かもしれません。

 しかしここで起きたもう一つの陳橋之変は、革命に向けて策を巡らせる呉用の心に衝撃を与えることになります。そしてあるいはそれは、この先の運命を予言するものだったのかもしれません……
(もう一つ、今になってみると、ここでの盧俊義の描写に、大きな意味があったことに気付くのです)


 さて、それにつづく本書の後半、第八十二回「遠征」は、そんなやりきれない空気を吹き飛ばすように、梁山泊軍の大活躍が描かれる展開。緒戦の地として檀州――遼の副都である燕京よりも北、長城近くの都市への奇襲を選んだ梁山泊軍が、極寒の中で激闘を繰り広げることになります。

 原典ではこの辺りはかなりサラッと梁山泊が大勝するのですが、本作では勝つは勝つものの、これまでの鬱憤を晴らすように、好漢たち――特に北方出身あるいは活動領域としていた好漢に言及されたのが嬉しい――の活躍が掘り下げられ、さらに「らしい」戦いが描かれた印象があります。
 さらに遼の側も、原典ではあっさり退場した阿里奇が男を見せたり、契丹人と漢人の対立が描かれたりと、単なる「敵」ではない描写となっているのに注目すべきでしょう。

 また戦場となる檀州も、北方という地理を反映して、雪の中の戦いという、水滸伝の大規模な戦闘では珍しいシチュエーションとなっているのが目を惹くところですが――とかく戦争が多く単調と批判されがちな百八星集結以降の展開ですが、それを巧みに補ってみせるのは、いかにも本作らしいアレンジと感じます。


 しかし、まだまだ遼国との戦いは始まったばかり。この巻の表紙となっている天寿公主と兀顔延寿の本格的な登場はこれからであり、そしてこの戦いの背後には、あの魔女が――という本作オリジナルの要素が気になるところです。
 と、それ以前に、あまりにショッキングな場面で終わるこの巻。まずはこの続きが気になるところですが――さて。


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