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2022.02.12

夕木春央『サーカスから来た執達吏』(その二) 華族でしかない少女にとっての「サーカス」

 関東大震災から二年後を舞台に繰り広げられる、ユリ子と鞠子、少女二人の財宝探しを描くユニークな大正ミステリの紹介、後編であります。そのユニークさの中でも大きな割合を占めるユリ子のキャラクターとは……

 まず、初登場時の、鞠子から見たユリ子の描写を引用しましょう。
「ユリ子と名乗る少女は、少女にはちがいないけれども、舞台でも活動写真でもみたことのないような、奇妙な少女だった。
 背は、五尺足らずのわたしよりも低い。千羽鶴でも着ているのかと思うような、和服でも洋服 でもないどこかの国の民族服を纏っている。
 丸顔で、痩せていて頬が少しこけている。頭には、やしの繊維みたいな髪の毛が好き放題に生え、まるで酒屋の杉玉である。両耳には貝殻を削った大きな耳飾りをつけている。瞳は、ムクロジの実のように黒々として大きい。 」

 そんな少女が突然執達吏として現れたら、それは確かに伯爵がそうしたように、「百貨店の雛人形が迷い込んできたみたいな顔」をするしかないと思いますが――しかしユリ子はその外見以上に大変な人物であります。

 図太いか無頓着なのか、どんな貴顕を前にしても全く動じず、「あたし、ユリ子」と自分流を貫く徹底的なマイペースぶり。読み書きはできないけれども、直感だけで突き進み、結果を出してしまう行動力。
 もちろん(?)元曲芸師だけあって身のこなしは抜群、さらには大の大人を相手にしてもものともしない戦闘力を持ち、巷で評判の大女優とも友達づきあい――と、まったく怪人としか言いようがありません。

 そんなユリ子であれば、財宝争奪戦に乗り込んでも、大の大人たち相手に、互角以上にやり合うことができるでしょう。――しかしその一方で、ほとんど無理やりユリ子のバディとなった鞠子はどうでしょうか?


 子爵家の三女である鞠子。しかし彼女は、華族という身分以外ほとんど何の取り柄のない少女として描かれます。これでその身分を鼻にかけるようであればまだよいかもしれませんが、しかし彼女は決してそうではない――いやむしろ、自分にはそれしかないことを、イヤと言うほど理解しているのが、彼女のキャラクターなのです。

 そんな彼女の数少ない、そして表に出せない楽しみが小説を書くことなのですが――その目指す作品が、夢見がちな甘いものなどではなく、人間社会の悪意をえぐり出すようなものというのが、また彼女の抱えたものの複雑さを示しているといえるでしょう。

 華族の娘として優等生の長女は嫁に――奇しくも争奪戦のライバルの簑島伯爵家に!――行き、唯一自分の理解者であった次女は震災で亡くなり、ただ一人家に残され、何も出来ない、どこにも行けない。
 そんな鬱屈を抱えた鞠子が、およそ世の中の軛から自由なユリ子と出会った時、何が起こるか――そこで彼女を待っているのは、自分が想像したこともないような刺激的な日々と、新しい自分の姿なのです。(彼女の作家としての初「作品」の可笑しさたるや……)

 閉塞した日常を叩き壊し、新たな世界を見せてくれる来訪者――まさに「サーカス」のようなユリ子との、危険で、しかしどこかユーモラスで胸踊る冒険を追いかけている時、僕は良質の児童文学を読んでいる時のようなワクワク感を味わいました。
 そう、本作は奇想に満ちた本格ミステリであり、ユニークなバディものの冒険小説であり、そして一人の少女の成長を描く、児童文学的な味わいを持つ物語なのであります。
(そしてまた、本作は設定上もドラマ上も、この時代――震災後であることに、様々な必然性を持つ大正ものでもあります)

 もっともそこで鞠子を待っているのは、決して輝かしい、明るいものだけではありません。本作のクライマックスにおいて彼女が目の当たりにするのは、まさに人間の悪意の一つの形なのですから。
 しかし同時にまた、人間はそれだけではないこともまた、意外かつ感動的な形で、彼女は知ることになるのですが……


 「サーカス」と出会い、奇妙で謎めいた冒険を繰り広げた末に、モラトリアムから一歩足を踏み出した鞠子。しかしやって来た「サーカス」は、いずれどこかに去っていくことになります。
 それでも、その後にも残るものは確かにあります。本作の結末に描かれるもの、初めは執達吏と借金のカタでしかなかった二人の少女の間には、確かに新たなものが生まれているのですから。

 この二人の、その先の物語を見てみたい――トリッキーなミステリにして、そんな想いを抱かされる名品です。


『サーカスから来た執達吏』(夕木春央 講談社) Amazon

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