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2022.02.01

上田秀人『勘定侍 柳生真剣勝負 四 洞察』 祝宴を守れ! 前代未聞の「戦場」

 今月最新第5巻が刊行される『勘定侍 柳生真剣勝負』の第4巻であります。柳生家勘定方として藩の成長戦略に頭を悩ませる一夜が次に挑むことになったのは、お歴々を招いての柳生家慶事のお披露目の宴。この場で嫌がらせを仕掛けてくる者がいると読んだ一夜の思わぬ防衛策とは……

 大名家となった柳生家の家中引き締めのため、大坂から強引に召喚されることとなった柳生宗矩の庶子・淡海一夜。
 大坂一の唐物問屋の跡取りとして辣腕を振るっていた一夜にとって、銭勘定もできずふんぞりかえってばかりの武家の相手など迷惑意外の何ものでもありませんが――しかし拒否するわけにもいかず、勘定方として始動することになります。

 柳生家の財政を立て直すだけでなく、自分がいなくとも大名家として運営できるようにして、早くお役御免になりたい――その一念で、自らの商才や伝手をフル稼働する一夜は、まず足元を見ていい加減な取引をおこなってきた商家の一掃を画策、成功させるのでした。

 しかしもちろんそれは改革の第一歩――というより、マイナスをゼロに近づけただけ。なおも奮闘を続ける一夜が今回挑むことになるのは、柳生家大名昇格の慶事のお披露目であります。

 老中や惣目付など、お歴々を集めて行われるこの祝いの宴――基本的にこれらの面々は声をかけるだけで実際に参加はしないのですが、いずれにせよ万事が儀式と決まり事で動く今の幕府において、この宴は万が一にも失敗は許されない試練の場です。
 特に今の柳生家は、かつての同輩であった惣目付・秋山修理亮、そして左門に嫉妬の炎を燃やす老中・堀田加賀守が虎視眈々と狙いを付けている状況なのですから、尚更であります。

 そして例外中の例外として宴に出席することとなった堀田加賀守が、このタイミングで絶対に仕掛けてくると読んで、宴の唯一の弱点に対する防御策を巡らせる一夜。その策は見事に当たるのですが、しかしそこから思わぬ方向に事態は展開していくことに……


 というわけで、およそ本作でなければまず描かれないであろう、大名昇進祝いの宴という「戦場」を舞台に展開する本作。しかし剣と忍を擁する柳生家は、宴をぶち壊しに使用にも、警備という点では盤石に思えますが――そこで敵が企む嫌がらせというのが、実にセコくも効果的(かつお偉方にしかできない)ものであるのに、まず感心させられます。

 しかし守りを固めるのは、およそ金の絡むことであれば天才的な洞察力を持つ一夜であります。こう来るのであればこう、とばかりに完璧に相手の手を読んで、見事な返しの手を打つのは痛快の一言。
 もちろんそれは、それなりの伝手や財力あっての行動ではあるのですが――しかしそれを扱うのは彼のセンスあってこそ。さらにその場で敵が放ってくるであろう二の矢まで読んでの行動にはさすがに驚かされますが、しかしそれが物語に新たな波風を起こすというのも巧みな展開です。

 もっとも、一夜にとってはその波風も読みどおり、というよりむしろ望んだもの。それを利用して散々宗矩や宗冬を苛つかせる――というのは副次的なものですが、さてそれでは本来の狙いはと思いきや、またとんでもないものが飛び出してこの巻が終わるのも心憎いところであります。


 さて、商才と財力はもちろんのこと、十兵衛ら柳生剣士や伊賀忍の弱点を見抜く観察眼を持つ、上田作品では最強クラスの主人公である一夜。
 当然というべきか、大坂では許婚候補の三人姉妹が待ち、江戸では玉の輿狙いのくノ一・佐夜が迫り――今回さらにもう一人増えるかと思いきや、スゴい理由でフラグが折れた(?)のは爆笑――とモテモテであります。

 しかしそれでも一夜に嫌味がないのは、彼が骨の髄まで商人であっても守銭奴ではなく、そして女好きであっても女性に対するある種の敬意を払うことができる人物だからでしょう。
 特に後者は、騎士道精神というより、むしろ自らの出生の事情によるものですが――しかしその気構えが何とも気持ち良い。本作の後半で迎えた事態において、佐夜に見せた心配りなど、これはもうホレるしかないというものなのですから……

 しかしそれを受けての佐夜のリアクションがちょっと斜め上なのもおかしく――いやそれだけでなく、ヒロインたちがそれぞれに個性的に描かれているのは、これは作者の筆が乗りまくっているからでしょう。こちらの面でも、先が気になる物語なのであります。


『勘定侍 柳生真剣勝負 四 洞察』(上田秀人 小学館文庫) Amazon

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