霜島けい『鬼の壺 九十九字ふしぎ屋 商い中』るいの想い 冬吾の想い 明暗それぞれの人の想い
曰く付きの品ばかり扱う奇妙な店・九十九字屋を舞台に起きる騒動を描く人気妖怪時代小説シリーズの第八弾であります。今回収録されているのは全二話、るいの大店の若旦那との見合いと、店の蔵から姿を消した冬吾――それぞれユニークな物語が描かれます。
「不思議」を売買することを謳う九十九字屋――無愛想な店主・冬吾と、霊感少女で奉公人のるい、そしてるいの父親で今は「ぬりかべ」の作蔵、猫の妖のナツが暮らすこの店に持ち込まれるあやかし絡みの品物にまつわる事件が、本シリーズでは描かれてきました。
しかし本書の前半で描かれる「片恋」の主な舞台となるのは店の外――なんと、るいが見合いをすることになります。
九十九字屋の常連から突然るいに持ち込まれた、江戸でも知られた小間物の大店・花房屋の若旦那・草太郎との見合い話。るいには草太郎とは会った記憶もないのですが、彼の方がるいを見初めたというのです。
初めは断ろうとしたものの、冬吾が話を止めようとせず、むしろいつもの毒舌とともに進めようとしたことにムキになって、るいは話を受けてしまうのでした。
そして見合い当日、人は悪くないもののあまりに世間知らずの草太郎に辟易とするるいの前に、花房屋の守り神と名乗る童女・おサヨがるいの前に現れます。どうやらこの見合いには何やら事情があると気づいたるいですが、しかしあれよあれよという間に話が進んでしまい……
そんなわけで、お見合いを舞台とした賑やかな騒動が繰り広げられることとなるこのエピソードですが、あやかし度(?)は低め。
しかしクライマックスでは作蔵が思わぬ大活躍(そしてその後の言葉がまた実に泣かせます)。そしてゲストキャラであるおサヨ――花房屋の自称守り神の存在も、人の心の暖かさと、その繋がりの尊さを描くものとして、グッと来きます。
その一方で気になるのはるいと冬吾の関係であります。口が悪く無愛想の冬吾と、時に過ぎるくらい明るく、お人好しのるい――ほとんど水と油ですが、何となくお互いを意識しあっている二人の関係がこのお見合いを機に一気に変わる――かどうかは、読んでのお楽しみです(まあ予想はつくと思いますが……)。
一方、表題作の「鬼の壺」は、打って変わってあやかし度・ホラー度極大、そして人間の心の黒黒とした部分を描くエピソードであります。
ある日突然、冬吾の兄で神主を務める周音のもとに押しかけてきたるい。三日前に危険な品ばかりが収められた店の蔵に入って以来、冬吾が姿を見せないというのです。
犬猿の仲の弟を助ける謂れはないと言いたいところが、るいにしつこく泣きつかれて仕方なく九十九字屋を訪れた周音。そして蔵の中で異界への入り口を見つけた彼は、ナツとともにその中に踏み込むのですが……
その先にあったのは、いつまでも明けない夜の闇と、その中で蠢く餓鬼の群れ。そこで数少ない人間たちに出会った周音たちは、村に連れて行かれれば鬼にされてしまう、と聞かされるのでした。
はたしてここで何が起きているのか、そもそもここはどこなのか。そして逃げたあやかしとは何者で、冬吾はどこに消えたのか……
というわけで、極めてミステリアスかつ禍々しい空気を漂わせるこのエピソード。冒頭こそ、冬吾以上にクールな周音が、るいのだだっ子じみた懇願に音を上げて重い腰を上げる姿が何ともユーモラスですが、しかしそこからの展開はひたすら暗く重いのです。
メインとなるのは周音にナツ(そして冬吾)と、作中でも有数の強キャラたちですが、しかし何処ともしれぬ、何時までも夜が続く世界でのあやかしとの戦いは、彼らですら厳しいものがあります。
しかし真に厳しいのはこの世界の、あやかしの真相――それはあまりにも残酷な悪意と、そしてその前であまりにも無力だった魂が生み出した、一つの地獄ともいうべきものなのですから。(そしてそこには、一種の寓意を見て取ることもできるように思います)
しかしそんな人の心が生んだ地獄にも、いやそれだからこそ、人の心が救いを生むことを、本作は同時に描きます。そしてそれに応えようとする人の善意も確かにあることを。
それが明らかになる結末を見れば、本作の中心になるのがるいではなく周音であることに、一つの必然性があると感じられます。
と、そんな重くも濃い内容の後に、ある意味お約束というオチがついてほっとするこのエピソード。明暗それぞれの形で人の情を描いた本書ですが、そこからこの先どのような展開が描かれるのか、それも楽しみなシリーズなのです。
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