正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇2 遼国の「招安」と「宋江」の動きと
『絵巻水滸伝』第二部の二章というべき『遼国篇』の中盤となる第二巻であります。次なる戦場は、難攻不落で知られる覇州。折しも遼国から持ちかけられた「招安」を利用した策を練る梁山泊軍ですが、その内容が思いもよらぬ大混乱を招くことになります。
大規模な南下を開始した遼に対し、官軍として初陣を飾ることになった梁山泊。奸臣たちの妨害がきっかけで、駐屯地の陳橋で最初の「犠牲者」が出てしまったものの、緒戦の檀州、続く薊州の戦いで快勝――と思いきや、敵将の一矢に張清が首を貫かれることに……
というショッキングな場面で終わった前巻ですが、幸い命に別状はなかったものの、張清の意識は戻らないまま。意識はまるで死の世界を彷徨っているようで心配になりますが、その話はこれまでとします。
何はともあれ、梁山泊が快勝を収めた一方で、宋を巡る状況はいよいよ悪化し、その影響で梁山泊の扱いが良くなったのは不幸中の幸いというべきか――梁山泊に理解のある将たちを後詰に迎え、薊州は二仙山の羅真人と宋江が対面するなど、梁山泊はほんの一時ながら、平穏な時間を得ることになります。
しかし次なる目的地・覇州は、遼にその人ありと知られた老将・康里定安が守るだけでなく、大軍が常駐する検問、破るのは不可能な鉄扉、そして城塞への唯一の入口が吊り橋と、三段構えの難攻不落の地。果たしてこれを如何にして攻めるか――というところに飛び込んできたのが、何とその覇州からの「招安」の誘いだったのです。
もちろんこの誘いは論外だとしても、覇州を陥すにはこれ以上の機会はありません。かくて宋江と限られた将兵が、覇州に出向くという先方の要求に乗って城内に潜入、宋江を引き戻しにきた体の盧俊義の軍と呼応して内外から攻める――そんな策を立てた梁山泊ですが、しかしこの策には問題が一つあります。
宋江が相手の懐に飛び込むということは、彼が人質に取られかねないということ。これに対して、梁山泊側は宋江と瓜二つの影武者を用意し、この「宋江」を覇州に送り込むのですが……
というわけで、何だか猛烈にイヤな予感がしてきましたが、その予感はもちろん(?)当たることになります。
元々この遼からの「招安」のくだりは原典にもあったものの、そちらでは非常にあっさりと遼側は梁山泊側の策に欺かれ、敗北を喫することになります。しかしあくまでも遼国は梁山泊が対等に戦うべき強敵として描かれている本作においては、ここでの互いの動きの読み合いが重要な要素となります。
が、ここで全てをぶち壊しかねない――しかしある意味非常に「らしい」形で「宋江」が動くことによって、事態が予想もできなかった方向に転がっていくのが面白い。
そして、敵の懐に入り込む宋江・その後を追ってくる呉用・宋江を罵り攻撃してくる盧俊義という、原典にもある三人の構図が、ここで全く異なる意味を持って浮かび上がるのも、実にユニークなところです。
特に本作の盧俊義は、ある意味宋江以上に掴みどころのない謎めいたキャラクターなのですが、そんな彼がついに大爆発する場面には、何とも不思議な痛快さが溢れていると感じます。
さて、梁山泊の快進撃が続く一方で、不気味な動きを見せているのが遼――というより燕サイドであります。
ここで触れておけば、史実ではこの時期の遼の皇帝は天祚帝(耶律延禧)ですが、原典で登場する遼王は耶律輝なる人物。しかも史実の遼の都は上京だったものが、原典では燕京となっています。
本作ではこの矛盾(というか誤り)を解消するため、遼の侵攻の中心人物を、史実での燕王・耶律淳として描いているのが一つの工夫というべきでしょう。
史実でも遼に離反し、一国を打ち立てた耶律淳ですが、本作において彼の暴走ともいうべき行動の背後にいるのは、本書の表紙を飾る慕容貴妃(とかつて呼ばれた女)。燕国復興を目論み、兄の慕容彦達とともに暗躍したものの、梁山泊に敗れ、死んだはずの妖女が、今度は燕王を狂わせ、戦いに走らせていたのであります。
なるほど、遼を単なる侵略者として描かず、人間の顔を持って描くためにこのような形となったのかと感心しつつ、この燕京でのいわば御家騒動が、物語の行方を左右することは間違いありません。
この遼国篇のヒロインともいうべき天寿公主もようやく動き始め、梁山泊側と並行してこちらのドラマも気になるところです。
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