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2022.03.01

春日みかげ『鎌倉源氏物語 俺の妹が暴走して源氏が族滅されそうなので全力で回避する』 鎌倉殿、滅びの歴史改変に挑む!?

 今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は早くも好調ですが――その「鎌倉殿」を主人公に、源平合戦を題材とした一種の歴史改変ライトノベルであります。源氏平氏共倒れの未来を変えるべく、ヘタレの頼朝が奮闘する――『織田信奈の野望』など歴史を題材とした作品を得意とする作者ならではの快作です。

 清盛の温情で命永らえ、伊豆に流された頼朝。荒ぶる源氏には珍しく、荒っぽいことが嫌いでビビリの彼は、妻の政子とともに引きこもって平和な余生を送ろうとしていたのですが――口から先に生まれたような叔父の行家や、野心家の義父・時政、そして仁義なき戦いを繰り広げる坂東武者たちに担ぎ上げられ、平家と戦う羽目になるのでした。

 ところが頼朝は富士川の戦いで落馬、生死の境を彷徨うのですが――その前に現れたのは、今は亡き清盛。
 このまま行けば義経によって平氏は滅亡、しかしその後、頼朝は弟を次々に失い、自分も呆気なく死んだ末に子どもたちもことごとく滅び、源氏も族滅してしまう――そんな未来を清盛から見せられた頼朝は、何とかその運命から逃れることを決意するのでした。

 その未来を回避する手段というのが義経の暴走を止めることなのですが――この義経、まだ見ぬ兄を異常に慕う美少女にして、常識外れの行動力/桁外れの戦闘能力を持つ怪物。おかげで頼朝は、坂東武者たちを抑えるだけでも大変なところに、危険極まりない妹を抱えて四苦八苦することになるのでした。

 それでも何とか未来を変えるべく対応しても結果は変わらず、頭を抱えていた頼朝は、やがてこれまた源氏の男の典型のような木曾義仲と対面することになります。
 義仲と結ぶため、娘の大姫と彼の息子・義高との婚約をまとめる頼朝ですが、この婚約が如何なる結果に終わるか、彼は知っています。そして事態がその未来に向けて突き進む中、彼はついに一大決心をすることに……


 というわけで、一見したところ、歴史改変ものというより歴史パロディ的味わいの強い本作。確かに、副題にあるとおり本作の義経は(だけでなくその配下たちも皆)女性、さらにもう一人の弟である範頼は男の娘だったりしますし、坂東武者の皆さんはどう見ても武闘派○○○集団(特に、「上総の狂犬」こと千葉の上総広常が広島弁で喋るというネタは反則)だったりと、色々とキャッチーというか自由な物語であります。

 ところがそんな面々が入り乱れる物語の方は、これはきっちりと踏まえるものを踏まえた上で展開していると感じます。
 そもそも、源平合戦の物語といえば、文字通り矢面に立った義経がどうしても中心に描かれることがほとんど。頼朝はその後ろで何やら画策して、おいしいところを持っていく――というパターンがほとんどという印象があります。

 しかしもちろん、頼朝には義経が参陣する前後に、坂東武者たちをまとめ、鎌倉幕府の礎を作るための戦いがありました(まさにその辺りが『鎌倉殿の13人』で扱われているわけですが)。
 そんな、知られているようで存外知られていない頼朝の史実をきっちり踏まえつつ、本作はライトノベルの文法で、まさに面白おかしく描いているのです。(頼朝の佐竹討伐を描いた物語は本当に珍しいのでは――あと行家のヒューマンダストぶりも)


 そしてもう一つの魅力は、本作が一人の青年の成長物語として成立している点です。
 本作の頼朝は、源氏は源氏でも源氏物語を愛読し、そして妻や子たちとの平凡な暮らしを愛し、戦いと無縁で一生終わりたいという人物。そんな青年が、未来を変えるという重すぎる荷を背負って悪戦苦闘する中で、真に新しい時代を開くに相応しい人物になっていく――本作はそんな物語なのです。

 しかしその頼朝の成長は、彼がいわゆる武士らしい武士になっていくというものではありません。それどころか本作で描かれるのはそれとは相反する、武士らしからぬ人物としての長所を伸ばした彼の姿であります。
 しかしそんな彼だからこそできることがある――いや、そんな彼だからこそ、血で血を洗う戦いの末にすべてが滅ぶという悲劇を変えようと考えることができる(この点で頼朝と義仲は対照的な存在として描かれます)という構造は、大いに頷けるものがあります。
(そしてそんな彼が、運命を全うさせようとする「黒幕」と対峙したところから始まる大逆転は、むしろ感動的ですらあります)


 正直なところ歴史改変ものは興味の範囲外、というよりかなり苦手な私ですが、それでも本作は大いに楽しむことができました。
史実をきっちりと踏まえた上でそこから踏み出し、自由に遊んでみせた佳品でしょうか。


『鎌倉源氏物語 俺の妹が暴走して源氏が族滅されそうなので全力で回避する』(春日みかげ 集英社ダッシュエックス文庫) Amazon

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