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2022.03.02

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第1巻 漫画として生まれ変わった山風明治もの第1作

 今年生誕100周年の山田風太郎――その作品群の漫画化においては忍法帖ばかりが脚光を浴びてきましたが、明治ものの第1作にして代表作『警視庁草紙』が東直輝によって漫画化されました。創立間もない警視庁を悩ませる怪談めいた密室殺人、その謎を解くのは……

 ――明治政府の誕生間もない中で西郷隆盛が下野し、波乱の予感を感じさせる明治6年、薩摩に向かう西郷を密かに警護していた油戸巡査は、この世のものとは思えぬ美女が乗った牡丹印の人力車を目撃することになります。
 その直後、人力車が向かったと思しき先で、一人の元旗本が家の中で脇腹を刺されて死んでいたのを発見するのですが――しかし奇怪なのは、家の隙間という隙間には内側から血塗れの紙が貼られ、そして死体が笑みを浮かべていたことであります。

 この事件の容疑者として警察に目をつけられてしまったのが、隣家に住んでいたかの三遊亭圓朝。その話を元手下から聞かされた三河町の半七親分ですが――それを横から聞いて、たちどころに密室殺人の真相を言い当てた人物がいました。
 それは元八丁堀同心の千羽兵四郎――かつては将来を嘱望された腕利きだったものが、今は芸者のヒモになって日がな一日ゴロゴロと暮らす毎日。しかし怪事件の話を聞いて血が騒いだか、兵四郎は警視庁の鼻を明かしてやろうと言い出すのでした。

 そんな中、何と向こうから半七のところにやってきた美女。彼女の口から事件の成り行きを聞かされた兵四郎は、彼女と圓朝を救うため、警視庁を相手に一計を案じて……


 そんな原作の最初のエピソード「明治牡丹燈籠」を漫画化したこの第1巻。物語の主要人物である三遊亭圓朝をはじめとして史実の有名人がぞろぞろ登場――いやそれどころかあの岡本綺堂の『半七捕物帳』の半七親分まで登場する大盤振る舞いの物語であります。
 そしてそんな面々が巻き込まれるのは、どう見ても怪談としか思えぬ――それこそ圓朝の怪談牡丹燈籠めいた怪事件なのですから、これは確かに世をすねた兵四郎でなくとも乗り出したくなるではありませんか。

 恥ずかしながら原作を読んでから相当経っているために細かい内容は完全に忘れていたのですが、登場人物の配置といい時代ものとしての目配せといい、そしてもちろん本格ミステリとしての構成といい――完成度が高い上に、事件の謎を解いた上で警察を煙に巻いてみせるちう痛快極まりないトリッキーな展開と、いやはやさすが山風先生と、このエピソードには改めて感心させられました。


 しかしそれと同時に感心させられたのは、漫画としての本作の構成の妙であります。いくつか気になる点があって、本作を読んだ後に原作を読み返してみたのですが――これが実は、細部はかなり異なっておりました。
 いや、もちろん物語の大きな内容が変わっているわけでは全く無く、一つの物語としての内容は――たとえばあらすじレベルでみれば――同じなのですが、そのディテールや、原作で語られた内容が描かれる順番など、かなり手が加えられているのです。

 言うまでもなく小説と漫画は異なるメディアであります。特に、事件の内容を語る「描写」が大きな意味を持つミステリにおいて、その差異は想像以上に大きいものでしょう。そして同時に、本作の読者にとって、舞台となる――歴史の教科書には登場しないようなレベルの――明治時代は、馴染み深いとはいい難いものがあります。

 本作で行われているのは、そのメディアの違いを埋め、読者を馴染みのない物語世界に入りやすくするためのアレンジ――その一つ一つは挙げませんが、例えば原作では省かれていた事件にまつわるある描写を補い、あるいはゲストである圓朝に明確に狂言回しとしての役割を与える等々、初めて『警視庁草紙』という物語に触れる方はもちろん、原作読者にとっても新鮮で楽しめる漫画として新たに生まれ変わっているのには、大いに好感が持てます。

 そしてこの巻のラストからは第2章「黒暗淵の警視庁」がスタート。こちらも第1話の時点から本作流アレンジが諸処に施されており、はたしてこの先何が描かれるのか、今から気になってしまうところなのです。


 ――が、それだけにどうにも首を傾げてしまうのが、作中の半七の描写であります。
 ちょっと垢抜けないビジュアルはまあいいとして、元上司でもある兵四郎にあの口の利き方は、あの半七の人柄を考えればまずしないのではないか――と、どうしても違和感を抱いてしまったところです。
(もちろんこれは原作とは異なる描写であります)


『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第1巻(東直輝&山田風太郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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