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2022.04.26

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第7巻 大乱闘のその先の真実と別れ

 齢千年の狐・廣天を狂言回しに、中国の怪談集『捜神記』を題材にして描く『千年狐』、その神異道術場外乱闘編もいよいよこの巻で完結であります。並み居る強豪(?)を倒してついに術比べ大会の勝者となった廣天たち。しかし主催者・商荘に対し、廣天が突きつける真実とは……

 いきなり住居を失った末に多額の借金を背負い、すったもんだの末に、豪商・商荘が治める山里に文字通り流れ着いた廣天と神木、宋定伯と医者。そこで商荘が道士たちを集めて賞金と副賞の山を賭けた道術大会を催そうとしていたことを知った廣天たちは、これに飛び入り参加することになります。

 易断の名人の典風、隠形の術を得意とする怪人・黄極君、禁呪使いの美女・娟玉、不吉な未来を告げる周南、一切が謎の人の楊道和――いずれもただならぬ雰囲気を漂わせた面々ですが、口八丁手八丁でこれを退けた(?)廣天たちは見事に優勝、するのですが……
 いざ商荘と対面した廣天(と神木、医者)は、賞金も山も不要、その代わりに商荘と話がしたいと言い出すのでした。はたして廣天の真意とは――?


 というわけで喉から手が出るほど欲しかったはずの賞金と山を不要と言い出した廣天ですが、彼女が求めるのはただ一つ、屋敷の奥にいる者――すなわち、商荘の新妻と直接話をすること。その理由はひとまず置くとして、確かに商荘の妻、いや商荘自身の周囲には、不審な点が数々ありました。

 禁足地である山中の遺跡に並ぶ、不気味な像は何なのか。その山に夜に入り込んで商荘と妻は何をしていたのか。そして何よりも、人前に姿を見せない(そしてやたら背が高く奇妙な姿をした、ポポポとか言いそうな)彼の新妻とは何者なのか?
 そのほかにも、商荘の里では幽鬼が存在しないこと、意味有りげな態度を見せる商荘の使用人など、考えれば不審な点ばかりであります。

 いやそもそも、商荘は本当に道士たちを金持ちらしい気紛れだけで集めたのか――言い換えれば、道士に何をさせようとしていたのか? この巻の前半では、時にひどく冷然と、容赦ない態度で他人に臨む――かつて冥府で阿紫をド詰めした時のように――廣天が、商荘に迫ることになります。
 その果てに描かれるものは、もはや妖怪退治というより憑き物落としというべきもの。そしてその果てに商荘が語るものは……


 かくて意外な結末を迎えることになった道術大会ですが、しかし物語はそれで終わるわけではなく、むしろここからが本番とすら言えます。
 ある理由からあの山に向かうこととなった廣天と商荘、そして道術大会の参加者たち。呉越同舟、目的のためにそれぞれの特技を活かして進む一行ですが、しかし商荘以外には慣れぬ地で、思わぬ暴風雨に襲われ、大混乱を来してしまうのでした。

 そしてその中でもまた、参加者たちそれぞれのドラマが描かれ、それがまた味わい深いのですが――特にその中の一人にまつわる真実には、必ずや度肝を抜かれることになるでしょう。
 それが誰であるのか、それは物語の興を削ぎかねないために伏せますが――以前さらりと描かれた人物や出来事が思わぬ形で後に繋がっていくという、本作ならではの構造の妙に、今回もまた唸らされたとしか言いようがありません。
(そういえば最初から草食ってたなあ……)

 そしてそれが鬼面人を驚かす態の意外性に終わるのではなく、本作の(特にこのシリーズの)底流にあった「血縁関係」「他者との情愛」――突き詰めれば「人間」と「人間」の関係に繋がっていくのも素晴らしい。
 さらにまたそれが、「人間」ならざる廣天と、あるキャラクターとの決別に繋がっていくという展開は――胸が痛むものの、しかしそれも一つの結末として頷けるのです。


 スタート時には、思わぬトーナメントバトル展開に驚かされ、本当に大丈夫かと心配になったこの神異道術場外乱闘編。しかし完結してみれば、きっちりとバトルものらしい展開を描きつつも、テンポの良いギャグを随所に――かなりシリアスな展開が続いたこの巻においても――散りばめ、本作らしい、本作ならではの物語になったかと思います。

 そして千年狐が次に向かう先は――サブタイトルだけ見れば原点(原典?)回帰の予感ですが、さてどうなることでしょうか。
 一つだけわかるのは、どんな形になるにせよ、決して期待は裏切らないものになるだろうということであります。


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