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2022.04.24

田中文雄『迷宮の獣王 死人起こし』 紀元前14世紀、エジプトとギリシャを繋ぐ魔神

 小説家としてはホラーを中心に活躍した田中文雄が、実に紀元前14世紀のエジプトから地中海を舞台に描く冒険ファンタジーであります。名うての墓荒らし・パキが巻き込まれたのは、謎の王・スメンクカラーの死にまつわる陰謀。そして冒険の果てに待つものはクレタ島に潜む獣神の謎……

 紀元前1350年、イクナテン王の改革がエジプト王国に波乱を招いていた頃――王族や貴族専門の墓荒らしにして「死人起こし」の異名を持つパキは、恋人で高級娼婦のハトホルの元に最近通ってくる男の貢物が、どこかの王家の墓の副葬品と気付きます。
 それがもとで兵に追われ瀕死の傷を追った男と、ハトホルを成り行きで助けたパキ。彼は、実はミイラ師だった男の死の間際に、宝の奇怪な由来を聞かされるのでした。

 半年ほど前、偶然出会った一行から、若くして死んだ貴人のミイラ作りを命じられた男。しかしその王の頭には二本の小さな角があり、足の指は蹄状になっていたというのです。そして完成したミイラを貴人の妻らとともに埋葬に向かう途中、隙を見て男は宝物を手に逃げ出したというのですが……

 この貴人が、イクナテンの共同統治者のスメンクカラー王であると見抜き、ハトホルとともにその墓に向かったパキ。彼はそこで王妃メリタテンと出会い、彼女から王を殺したのがアメンの神官ゴランであると聞かされるのでした。
 メリタテンとともに新都アケタテンを訪れたパキたちですが、そこで彼らを待っていたのは、複雑怪奇な宮中の勢力分布とイクナテン暗殺の陰謀。その中に巻き込まれたパキは、メリタテンの依頼でスメンクカラーの心臓をクレタまで届けることになるのですが……


 長きに渡る古代エジプト王国でも、最盛期として知られる第18王朝。その中でイクナテン(アメンホテプ四世)は、王権に匹敵する力を持っていたアメンの神官と真っ向から対立し、数々の改革を行った(そして失敗した)ことで、一際異彩を放つ王です。
 本作はこのイクナテンの時代を舞台に、この王朝の権力闘争と、王家を巡る様々な人々、そしてエジプトと諸外国との関係性を描く、実にユニークな物語であります。

 しかし本作は歴史小説ではなく、むしろ伝奇ホラーというべき側面を強く持つ物語。何しろ、イクナテンの子にして現在ではその記録がほとんど残されていない謎の王・スメンクカラーが、角と蹄状の手足を持つ人物として描かれるのですから。
 あたかも「牛」のような特徴を持つスメンクカラーは何者なのか、そして何故そのような体を持っていたのか? その秘密は物語後半、クレタ島に向かったパキを通じて描かれることになります。

 クレタ島、牛、そして本書のタイトルたる「迷宮の獣王」――その意味するところは明らかでしょう。そう、本作は実に、エジプトを飛び出し、ギリシャ神話の世界にまで繋がっていくのです。


 紀元前数千年の古代文明といえばどうしてもエジプトが浮かびますが、本作の舞台となる時代には、ギリシャではミケーネ文明が、そしてクレタ島ではミノア文明がそれぞれ存在していました。
 冷静に考えればさまで地理的な距離はないにもかかわらず、(フィクションの世界であっても)無関係の存在と考えがちのこのエジプトとギリシャを、伝奇的想像力でもって――世界中に散らばる牛神信仰によって――結びつけてみせた点こそが、本作の最大の魅力と感じます。

 そしてその物語の主人公が、世の権威権力からは一定の距離をおいた、一介の墓荒らしというのもユニークなのですが――この点は逆に権力者の世界の奥深くまでは彼が入れず、後半の陰謀劇が彼の預かり知らぬところで展開することになっているのは、少々残念なところではあります。

 それでも終盤、ギリギリまで出番を抑えた超自然的存在が一気に跳梁するモンスターホラー的クライマックスは、伝奇者としてはたまらないところで、題材の面白さと合わせて、十分満足出来た作品です。


『迷宮の獣王 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

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