霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは桜と夢を見る』 春の訪れとリトルレディの冒険と
箱館戦争で命を落とし、宇佐伎神社に祀られた神様・ツクヨミの用心棒として甦った青年・兎月の奮闘を描く『神様の用心棒』も、順調に巻を重ねて早くも第四弾であります。この巻では副題にあるとおり、桜にまつわる物語を中心に、時に心温まる、時に恐ろしい全四話が収録されています。
前巻で描かれた函館の厳しい冬も終わり、その間に厄介になっていたドルイドの血を引く貿易商・パーシバルの屋敷を引き払い、函館山の宇佐伎神社に戻った兎月とツクヨミ。そんなある日、二人はパーシバルから、彼の館に逗留している姪のリズが、夜毎悪夢にうなされていると聞かされます。
夢の中で日本人の少女になり、蜘蛛の刺青が入った腕に追いかけられているというリズ。しかも夢を見た後には、口から血を垂らした痩せた男の幽霊が現れるというのです。パーシバルと同様、ドルイドの巫の力を持つリズだけにただの夢とも思われず、またリズの女の子を助けて欲しいという願いに、二人は調べを始めることになります。
やがて、腕に蜘蛛の刺青を入れた凶悪な盗賊・蜘蛛の巣丁次がかつて函館を騒がせた事を知る兎月。しかし既に丁次は捕らえられ、処刑されたというではありませんか。そしてその間もリズの悪夢は続き、やがて夢の中の少女は、桜の木に登って身を隠そうとするのですが……
そんな第一話「蜘蛛の腕」は、前作で横浜から函館にやってきたリズの存在が中心となるエピソード。好奇心旺盛で賑やかなリズは登場回でも台風の目でしたが、今回も同様に物語を騒がすことになります。
しかし今回は謎めいた悪夢に加えて、曰く有りげな幽霊に、残虐非道な(しかし死んだはずの)盗賊と、剣呑な内容のオンパレード。元々本シリーズは、どこかほのぼのとした空気の中に、時折真剣に怖いエピソードが混ざるのですが、今回もその流れといえるでしょうか。
正直なところ、真相は早い段階で気づく方は気付いてしまうと思うのですが、それでも緊迫感に富んだ展開に加え、クライマックスではきっちり泣かせてくる、盛りだくさん一編であります。
また、第二話「頭の桜」は、いわゆる「頭山」がモチーフとなったエピソード。「頭山」の話を聞かされて、そんな話があるわけないと生真面目に怒るツクヨミですが、そんな彼が町で見かけたのは――という、度肝を抜くような場面が始まりとなる物語です。
これがまた、私も色々と怪異譚は読んできましたが、これほど奇抜なものは見たことがない――と言いたくなるインパクトながら、しかしその真相がこれまた実にイイ話で、個人的には今回最も印象に残った作品です。
一方、第三話「花さかずき」は、以前からの約束で一日だけ豊川稲荷の神使になった兎月が、彼女たちの花見を手伝うという幻想的な一編です。深山に春をもたらすために兎月とツクヨミが奮闘する様も可笑しいのですが、やはり本番は花見が始まってから。
花見に招かれた山の天狗と飲み比べをすることになった兎月ですが、いくら何でも天狗と人間では分が悪いところに――と、ここでこうくるか! というひねりがまた泣かせるエピソードであります。
そしてラストの「リトル・レディの帰還」は、副題の通り、横浜に帰ることになったリズが、身代金目当ての誘拐事件に巻き込まれる物語であります。
誘拐犯の足取りを追う兎月ですが、一味を率いるのは、池田屋事件の生き残りと自称する男。一方、リズは誘拐犯のアジトから単身逃げだし、北海道の原野に足を踏み入れるのですが、そこでは死者の念が凝った多数の怪ノモノが徘徊していて……
と、一難去ってまた一難を地で行くような、先が読めない展開が続くこのエピソード。ちょっと色々と盛り込みすぎのような気もしますが、リズとの別れを控えたツクヨミの複雑な心境あり、意外な助っ人ありと、ラストに相応しく賑やかで、そして爽やかな物語であることは間違いありません。
本の帯によれば、コミカライズ企画も進行中という本シリーズ。なるほどコミカライズにもぴったりな題材であることは間違いありません。
そして新たなレギュラーも加わり、そこにちょっと気になる要素も出てきたりして、もちろんシリーズ本編のこれからも楽しみにしているところです。
にしてもあの人は、甘やかしというより、もはや母親のようになっているような……(まさに慈母の如し)
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