楠桂『鬼切丸伝』第15巻 鬼おろしの怪異、その悲しき「真実」
神器名剣・鬼切丸で永劫の時を生きながら鬼を斬る少年を描く『鬼切丸伝』もこれで第15巻。今回は、前巻に登場した奇怪極まりない存在である鬼おろしの怪異・柊との最後の対決、そしてあの楠木正成が鬼と化す物語と、二編が収録されています。
秀吉による天下統一の締めくくりとして行われた小田原征伐――籠城戦が中心で、それゆえ大規模な戦闘は少ない印象のある戦いですが、その中でも屈指の凄惨な戦いとなった八王子城の戦いを描くのが、この巻の前半の「八王子城鬼惨劇」全三話であります。
なかなか陥ちない小田原城に業を煮やした秀吉が、見せしめのために殲滅を命じた八王子城。しかし折悪しく城主以下主だった戦力は小田原に援軍に入っており、城に残っていたのは女子供が中心――かくてひとたまりもなく城は一日で陥落、しかし城の人々は許されることなく、ある者は無残に殺され、ある者は自ら命を絶ち、凄まじい数の死者が出たのです。
まさに鬼哭啾啾たる有様の中、今まさに命を絶とうとする城主・北条氏照の側室とその赤子の前に現れたのは、柊と名乗る少女。彼女は生きたいと望む側室に手を差し伸べて……
前巻の「三木の干殺し鬼」「鳥取の飢え殺し鬼」に登場した鬼おろしの怪異こと柊。彼女は文字通り他者の身に鬼をおろす――他者を鬼に変える能力を持つ、この世のものならぬ存在であります。
しかし彼女がこれまで作中に登場した、他者を鬼に変える力を持つ者たちと大きく異なる点は、業や強い怨念などを持っていない相手をも鬼に変えてしまうことなのです。
そしてそれ以上に恐ろしいのは、あくまでも彼女にとってはそれは救済――弱者にとっては過酷すぎる戦国の世で、鬼にも成れず、しかしなおも生きたいと望む者を、生き延びさせたいという念の現れであることでしょう。
悪意でも無意識でもなく、善意で以て人を鬼に変える――しかも本人は既に死んで幽鬼のような状態であり、鬼切丸でも斬れない。そんな彼女は、ある意味鬼切丸の少年にとっては最悪の敵といえるでしょう。
その力の極まるところ、鬼と化した怨霊を元に戻し、死体をも鬼に変える――そんな力を持つ柊。しかし極めて残酷かつ皮肉なことに、人を救うために鬼に変える彼女が、自分自身を救えない――鬼になれないのです。
そんな彼女を描く物語の完結編ともいうべきこのエピソードでは、少年と柊と鬼のいつ果てるとも知れぬ地獄絵図に、鬼姫・鈴鹿御前と、もう一人の鬼が加わることによって、この構図が大きく変わることになります。
以前のエピソードで描かれていた伏線を完全に失念していたこともあってか、この辺りの展開は少々唐突に感じられたところはあります。しかしこれ以外の展開はないのも事実であり――そしてその中で浮かび上がる柊の「真実」は、ある意味作中で最大の悲劇であったと感じられます。
彼女に別の生き方が許されていれば、あるいは鬼切丸の少年の母のような存在(という表現はそれはそれで誤解を招きそうですが)になっていたのではないか――そんな印象すら受けるのです。
そしてもう一篇、前後編で収録されている「鬼七生滅賊」は、ぐっと時代を遡って鎌倉時代末から室町時代初期を舞台とする物語であります。
倒幕を目指す後醍醐天皇の下に馳せ参じ、そして建武の新政に反発して挙兵した足利尊氏らを相手に奮戦した末、壮絶に散った楠木正成。本作では、そんな姿が鬼と変ずるのであります。
七生滅賊――七度生まれ変わっても国賊を滅ぼすという念をとともに、弟の正季と自刃した正成。その念が凝った末に鬼と化した正成は、鬼切丸で斬られても滅びない――いや、七度まで復活する、という展開には、その手があったかと驚かされます。
しかしこのエピソードは、その先にさらなる捻りを加えてくるのです――「忠義の人」と自他ともに認める正成の真の想いを描くことによって。
鬼と化すほどの強い念の陰に秘められたもう一つの想いと、それによる一種の救済というのは、本作ではしばしば見られるシチュエーションではあります。
今回は正成が後世背負うこととなったイメージをそこに織り込むことで、人間の生の皮肉さと――そしてある種の希望の存在を描いていると感じた次第です。
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