ししゃも歳三&今川美玖『泣きうた』 歌を切り口に描く幕末群像
幕末の激動の中に生き、そして死んだ者たちが、辞世をはじめとして、様々な折に詠んだ歌――その歌を切り口に彼/彼女たちの生き様を描く、ユニークなショートコミック集であります。
2013年・2014年に『幕末 侍たちの三十一文字』『幕末 悲運の戊辰 敗軍編』のサブタイトルで全二巻刊行されたこの『泣きうた』。
泣きうたとは聞き慣れないワードですが、第二弾の巻頭言を引用すれば「激動の幕末期だからこそ詠まれた泣ける歌を、史実を元にしたオリジナルストーリーで漫画化したもの」とのことです。
そんな本シリーズは、各十六ページの短編コミックと、題材となった歌とその背景の解説ページで構成されています。
第一弾『幕末 侍たちの三十一文字』は
「沖田総司」「高杉晋作」「中野竹子」「土方歳三」「伊庭八郎」「久坂玄瑞」「藤堂平助」「土方歳三 恋のうた」の全八篇で構成。顔ぶれ的に圧倒的に幕府側が多いですが、題材となっているのがどうしても辞世の句が多いことを思えば、それもやむなしと言うべきでしょうか。
ちなみにラストに収録された土方の二話目はタイトルからして「?」となりますが、これが土方の歌としてしばしばネタにされるアレがモチーフ。しかし内容の方は、土方の許嫁として名前が残っているお琴を描くエピソードとなっていて、題材選びの濃さも印象に残ります。
そして題材という点でいえば、さらに突っ込んだ印象が外れた感があるのが、第二弾の『幕末 悲運の戊辰 敗軍編』。
「松平容保」「津川喜代美/飯沼貞吉」「山本八重」「西郷細布子」「山川大蔵」「佐川官兵衛」「土方歳三」「佐藤彦五郎」と――戊辰というより(ラスト二人以外は)会津に絞ったチョイスであります。
恥ずかしながら、津川喜代美や西郷細布子まで来ると、名前だけでは誰のことかわからなかったのですが――津川喜代美は飯盛山で切腹した白虎士中二番隊士の一人、西郷細布子は西郷頼母の長女(敵か味方か尋ねた人、といえばわかるでしょうか)。
この顔ぶれだけでも、本書の気合の入り方がわかるような気がします。
(その一方で、三回目の登場となった土方の題材が、山南について詠んだと思われる歌なのは、ちょっとカラーから外れている印象なのですが、これはこれで面白いと思います)
内容的には、上で述べたとおり一人あたりのページ数が少ないこともあり、比較的シンプルなものとならざるを得ないのは確かなのですが――歌という背骨があるために、物足りなさはほとんど感じられませんでした。
もっとも、その歌という要素も痛し痒しで、おまけページに描かれているように、斎藤一のように、歌がなかったので描けなかった人物がいたのは勿体なく感じられます。といってもこれはもちろん、本書のコンセプトからすれば仕方のないところでしょう。
そして、様々なエピソードが収録されている中でも、個人的には上に挙げた土方の恋のうたと、意外と知られていない印象のある(真贋もちょっと不明ではある)沖田総司の辞世の句が印象に残ったところですが――もう一つ、忘れがたいのは、掉尾を飾る佐藤彦五郎のエピソードであります。
日野の名主で土方の姉と結婚し、近藤とは義兄弟の契を交わした佐藤ですが、甲陽鎮撫隊への参加等の例外を除けば、基本的に戦地に赴くことはなく、もちろん戦死もしていません。
そんな佐藤がここに登場するのは、近藤と土方それぞれへの追悼の歌を詠んでいるからですが――二人への哀惜の念と同時に、激動の時代を傍観せざるを得ず、二人に託してきた夢の終わりを痛感する佐藤の姿が、本シリーズを読んできた自分に重なって感じられるのです。
冒頭で触れたとおり、十年近く前に刊行されたものではありますが、もしできることなら、同じコンセプトでさらなる物語を読んでみたい――そう感じさせられるシリーズでありました。
『泣きうた 幕末 侍たちの三十一文字』(ししゃも歳三&今川美玖 KADOKAWA) Amazon
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