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2022.04.12

山崎峰水『くだんのピストル』壱 少年の目に映った幕末を生きる者たちの姿

 『黒鷺死体宅配便』、そしてこのブログ的には『松岡國男妖怪退治』の山崎峰水&大塚英志コンビによる新作は幕末時代漫画。人の心の声を聞く力を持つ少年・くだんを通じて、坂本龍馬ら幕末を駆け抜けた者たちが描かれます。が、くだんの目に映るその姿は……

 時は嘉永六年、人の心の声を文字として読み取り、絵にして描く力を持つ浮浪児・くだんは、黒船来航を感じ取り、そのイメージを紙に描くことになります。偶然それを目に留めた坂本龍馬と名乗る土佐藩士に引きずられ浦賀に向かったくだんは、自分の目で黒船の姿を目撃するのでした。

 そして龍馬の依頼で、黒船の見たままの姿を描くよう依頼されたくだんですが――その絵を受け取りに現れたのは佐久間象山を名乗る学者。その後、偶然象山に命を救われたくだんは、象山からピストールの分解図を描くよう依頼されることになります。
 絵を描く傍ら、象山の弟子たちへの指導を目撃するくだん。その弟子の中には、高杉晋作という青年が……


 この二年ばかりで急にメジャーになったいわゆる予言獣の代表格である件(くだん)。牛から生まれる人面の子牛であり、生まれてすぐに人語で(多くの場合不吉な)予言を為すという存在であります。

 本作の主人公・くだんは、言うまでもなくこの件の言い伝えを踏まえた少年ですが、牛身などではなく歴とした人間。
 しかし陰惨な経緯(この辺り、このコンビらしい感触)によってこの世に生まれ、そして何よりも育ての親から「世界の終わりを予言する」と言われている点において、その名にふさわしい存在であります。

 本作は、人の心を読みそれを絵にする力を持つ彼が、幕末の有名人たちと出会い、時代の動きを目撃する、という物語なのですが――しかし強烈に印象に残るのは、くだんやごくわずかの例外を除けば、登場するキャラクターが全て「犬」であることでしょう。
 そう、龍馬も象山も松陰も晋作も、その他の武士も町人も、皆、擬人化された犬なのであります。

 これは宮崎駿の『名探偵ホームズ』のように擬人化された犬の世界の物語ではなく、あくまでもくだんの目には、他者が犬に見えるということのようなのですが――歴史ものとしては、それが一種のデフォルメの役割を果たしているのが、非常に面白く感じられます。

 というのも、本作に登場する幕末の有名人たちは、犬の顔をしながらもほとんど全く違和感がない――その顔と一緒に名前を挙げられれば、ああなるほど! と言いたくなる面構えなのであります。
 その最たるものが、この巻の表紙の龍馬ですが、強面ながら大人の風格のある象山、怜悧な中に危うさが感じられる松陰、今はまだ純朴そうな中に時折勁さと狂気が浮かぶ晋作――と、その他のキャラクターも、実に「らしく」感じられます。

 もちろん現実の彼らは、よくて写真が数枚残っている程度ではあります。そのため「らしい」といっても、それは彼らの事績を踏まえて我々が頭に思い浮かべるイメージと比較してのものなのですが――しかし、犬という極端なディフォルメによって、このイメージ化がより強烈になされているのです。
 そして突き詰めれば、歴史ものがこのイメージの集約の産物であることを思えば、本作におけるイメージ化は、物語る上での強い武器になっていることは間違いありません。

 しかしそのイメージ化であるくだんの力は、決して客観的な、現実のあるがを描くものではありません。それは(自分を含めて)誰かの目で見て、そして心で受け止めた、主観的なものにほかならないのです。
 そこにはイメージ化というものがもつ、ある種の危険性が潜んでいるのであり――深読みすれば、本作はこれを通じて、歴史ものというジャンルが持つ本質的な危険性に、自己言及しているようにも感じられます。

 そしてもう一つ、本作の登場人物のほとんどが犬であるというのは、あくまでもくだんの目を通したものであるというその意味も……
(くだんと龍馬との会話を通じて、この点を明確に示したシーンには、不思議な感動があります)


 実は本作の冒頭では、黒船来航から十三年後の慶応二年、寺田屋で襲撃を受けた坂本龍馬から、くだんがピストルを譲り受ける姿が描かれることになります。

 はたしてそこに至るまでに何があるのか、そしてくだんは手にしたピストルで何を撃つのか――この先も、本作ならではのものを見せてもらえるものと、期待しています。


『くだんのピストル』壱(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

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