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2022.04.19

畠中恵『もういちど』 二十年目の原点回帰!? 若だんな、もう一度の生

 昨年、二十周年を迎えた『しゃばけ』シリーズ。その記念すべき第二十作目は、ある意味原点回帰の物語――何しろ、若だんなが赤ん坊に戻り、育ち直すことになるのですから! 思わぬ形でもう一度の人生を送ることになった若だんなを巡り、妖たちも今まで以上に奮闘することになります。

 二百年に一度の天の星の代替わりの影響で、雨が降らず夏前から暑い日が続く江戸。体が丈夫ではない若だんなが少しでも体を休められるように、根岸で保養する準備を進める兄やと妖たちに、思わぬ障害が立ち塞がります。
 それは人間たちが雨乞いで招いた龍神たちが隅田川に集まり、川が大荒れになってしまったこと。根岸まで舟で行こうとしていた一行は、?々子河童を通じて龍神に話をつけてもらうのですが――息子可愛さに長崎屋が大量の酒を龍神に寄進したのが、大変な事態を招いてしまうことになります。

 というのも酒に酔っ払った龍神たちが空で川で大暴れ(このシーンの異界めいた迫力が素晴らしい!)。その騒ぎに巻き込まれて若だんなたちの舟が転覆、水中で起きていた星の代替わりに巻き込まれた若だんなは、赤子に戻ってしまったではありませんか!
 頭の中身はこれまでの若だんなのままながら、喋ることも動くこともできなくなってしまった若だんなを、妖たちは根岸で密かに育てることになるのですが……


 という原点回帰にもほどがある表題作から始まる本作。幸いというべきか、若だんなの成長は普通の子供よりもはるかに早く、大人に戻るのもそこまで時間がかからないはず――とはいうものの、(妖とは縁のない長崎屋の旦那を含めて)周囲にこんなことを知られては大騒ぎであります。

 かくて、江戸を転々としながら、若だんなを育てることとなった妖たちですが、良いこともあります。いかなる理由か、若だんなの体は健康そのものになったのです。
 最初の(?)人生では子供の頃から病弱だった若だんなですが、その分を取り戻すように元気に走り回る若だんなと、それに付き合って(振り回されて)大騒ぎする妖たち――という形で、本作は展開していくことになります。

 五つくらいに成長し、わざと悪いことをしたくなったと家を飛び出した若だんなが、近頃根岸の辺りで子供が鬼に攫われるという噂を知り、村の大人たちが不審な動きをしているのと合わせて謎を解こうとするも、事態は思わぬ方向に展開していく「おににころも」
 十二歳くらいに育った若だんなが、思い切り遊んで下さいと送り出された両国の盛り場で、宮地芝居の斬られ役の浪人に剣の弟子入りをするも、浪人が最近江戸を騒がす人斬りの盗人と事を構えることになり、その騒動に巻き込まれる「ひめわこ」
 ようやく元の年齢近くに戻り、長崎屋に帰ってきた若だんな。近く嫁取りすることになった幼なじみの栄吉の許嫁が起こした悶着の中で、妖の蒼玉が入っていた巾着が行方不明なり、それを探すうちに、栄吉の縁談の裏を知ってしまう「帰家」
 毎回、町で違う相手を追いかけているという深編み笠で藍色の着物を着た男が起こしている騒動に巻き込まれた若だんなが、妖たちに頼んで男を探すものの、追い詰めた相手は不可解にも姿を消し、さらにその背後の複雑な事情に巻き込まれてしまい――という最終話「これからも」


 ラスト二話ではほとんど通常営業に近い若だんなですが、そこに至るまでに、周囲の言いつけに逆らって家の外に飛び出してしまう幼子になったり、遊びに出かけた先で剣術修行に夢中の少年になったりと、これまでの若だんなからは思いもよらぬ姿に「成長」するのが、本作の一番の見どころでしょうか。

 考えてみれば幼い頃から病弱で、そして良い子だった若だんな。当たり前の子供が経験してきたものを全く経験してこなかったというのが何とも切ないのですが――しかし別の人生を味わっても、そこでも妙な騒動に巻き込まれ、妖とともに謎解きに挑むのは相変わらずなのが微笑ましいところであります。

 しかしそうなると気になってしまうのが、元の年齢に戻った時に何が起こるかですが、それを示す物語の結末で描かれる若だんなの姿には――おそらくこれまで一度も見せたことがないような姿だけに――何ともいえぬ後味が残ります。

 それでも、若だんなの周囲には、これまで同様、これからも可笑しくも頼もしい妖たちがいる。これまで同様、これからも彼らと一緒の、謎と騒動に満ちた、微笑ましくもほろ苦い日々が待っている――それを示すこの結末は、二十周年という一つの節目に、相応しいものだと強く感じます。


『もういちど』(畠中恵 新潮社) Amazon

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