安達智『あおのたつき』第8巻 遊女になりたい彼女と、彼女に群がる男たちと
冥土の吉原で迷える魂を導く元花魁・あおの奮闘を描く『あおのたつき』、第8巻の中心となるのは、自ら望んで吉原の遊女になった娘を描く物語。何ゆえ彼女は遊女になりたいのか――理解できない存在を前に、あおは戸惑うことになります。
現世の吉原では花魁・濃紫として知られながらも、ある出来事で命を落とし、いまは子供の姿で薄神白狐社の奉公人として働くあお。宮司の楽丸が失った神具を取り戻すための修験も終わり、二人は誓いも新たに迷える魂と相対することになりますが――今回登場するのは、現世から迷い込んだ一人の少女であります。
ある日、社に祈祷を頼みに現れた少女――九重という源氏名を持つ彼女は、明日から遊女になると告げ、遊女が天職だと嘯くのでした。
しかし身なりから彼女がちゃんとした家の娘だと見て取ったあおは、親御さんが悲しむと諭しますが九重は反発するばかり。楽丸はそんな彼女の背後に憑いた不気味な存在を目撃――これが彼女を惑わせていると見て、何とか祓おうとするのですが、憑き物はすぐに姿を消してしまうのでした。
そして二人が九重の心を変えることも憑き物を祓うこともできないまま、九重の水揚げの日が訪れることに……
これまで本作で描かれてきた人々とは、ある意味全く異なるパーソナリティを持った九重を中心としたエピソードで「落合蛍」。そこから感じられるのは、これまでにない強い生々しさであります。
それはこの物語で描かれているのが、これまで以上に現代の我々に直結したものであるからなのでしょう。
自分の存在感と価値を体の交わりで実感する少女と、そんな彼女を搾取し消費しようとする大人たち――それは我々の周囲で現実に起きていることにほかならないのですから。
(そんな大人たちが嬉々として口に上らせる「毎晩○○○」という言葉は、本作においてこれまでで最も恐ろしく感じられました)
その一方で、「自分を大事にしたほうが良い」と説教するあおと、一連の行動が憑き物によるものと思い込んでいた楽丸の二人もまた、それぞれ自分の理解できる範囲でしかものを見ていない大人たちを象徴しているように思われて、何とも考えさせられるのです。
(この二人の場合は、九重の現代性についていけなかったがため――と言えなくもありませんが)
もっとも、そのテーマ性が前面に出すぎていたためか、物語展開が直球過ぎる印象があったのも正直なところではあります。特にこの巻冒頭の九重のセリフで、彼女の内面とこの先の展開が予想できてしまうのは、いかがなものかな、と感じられたところです。
さて、この巻の実質ラストのエピソードである「廓七不思議」は、タイトルのとおり浮世の吉原で囁かれる七つの怪異を追って、あおと、山田浅右衛門に仕える子鬼・鬼助が奔走するユニークなお話。
何ともトホホなものが多い怪異の真相の可笑しさもさることながら、これまでのエピソードに登場したゲストキャラたちが賑やかに顔を覗かせてくれるのも、また嬉しいところであります。
(そして冥土の四郎兵衛会所の役人が、こう、ちょっとたまらん感じなのも実に良い)
しかしその一方で、ラストには一転不穏な空気が漂う展開に。どうやら次巻では、鬼助が物語のキーとなりそうです。
また、恒例の巻末の番外編は二本立てであります。一つ目は大晦日の吉原で狐舞(ちゃんと狐面が笑ってる)を舞う楽丸を描いた一編。吉原の風物詩のために奮闘する楽丸の生真面目さが微笑ましくすらあります。
そしてもう一編は、生前の濃紫と客との後朝の別れですが――洒落た江戸の大人の恋の物語かと思えば、ラスト1ページできっちりオチが。やはり濃紫は逞しいことです。
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