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2022.04.04

堀内厚徳『この剣が月を斬る』第2巻 松陰の遺した男!? 凶人「幽霊」vs宗次郎

 心に激しいものを抱えた少年時代の沖田宗次郎を主人公に描くユニークな新選組漫画、全三巻の中盤であります。剣士として人間として成長していく宗次郎の前に現れるのは、もう一人の少年と「幽霊」――そして宗次郎たちは、歴史の表舞台に躍り出るため、井伊直弼暗殺計画を阻むべく奔走することに……

 力を渇望し、己の中に「闇」を抱えていた少年・沖田宗次郎。しかし弟子入りした試衛館の若先生・嶋崎勝太との出会いから、彼は少しずつ成長していくことになります。さらに土方歳三を加え、三人で大きな夢を叶えることを誓うのですが――その矢先に、宗次郎の前に不気味な男が現れます。
 宗次郎のことを「黒猫」と呼び、まるで最初から観察していたかのように語るひょっとこ面の男。彼は吉田松陰と名乗り……

 と、前巻のラストで怪キャラとして登場した松陰ですが、本格的な出番は少しだけ先となり、この巻の序盤で描かれるのは、もう一人の少年剣士との出会いであります。
 その少年――宗次郎がガールフレンドのすずとでかけた祭りで出会った彼は、第一巻で宗次郎たち三人が大乱闘を繰り広げた北辰一刀流・伊東大蔵(!)の弟子。褐色の髪と青い目を持つ彼は、「平助」と名乗るのでした。

 その頃、偶然津藩主・藤堂和泉守と知遇を得た勝太と歳三ですが、実はこの和泉守こそは平助の父。そして平助が自分と母を捨てた和泉守を斬ろうとしていることを知った宗次郎は、何とか思いとどまらせようとして……

 というわけで、新たに登場した剣士は藤堂平助。宗次郎とは同年代としてしばしば友人ポジションで描かれる平助ですが、藤堂家の御落胤という説も有名な話であります。
 しかしこれほど極端な行動に走るのは結構珍しい印象で(というより少年時代の平助が登場する自体珍しい)、母が異国人で碧眼という設定も含め、本作らしいアレンジというべきかもしれません。

 もちろん、宗次郎が勝太と出会って救われたように、平助も宗次郎との出会いで救われるのですが……


 そして時は流れて安政6年、宗次郎18歳になった年。獄に繋がれていた吉田松陰は斬首されることとなるのですが――あれだけ意味ありげに登場した割りにはあっさり退場したように見えた彼は、とんでもない置き土産を残していくことになります。
 それは彼が獄中で出会った人斬りの青年「幽霊」。己の名を持たず天涯孤独、人斬りで暮らしてきた彼を気に入った松陰は、彼にある計画の存在を伝えると同時に、新たな名を与えるのでした。斎藤一と……

 ええっ!? という経緯で登場した本作の斎藤一。新選組に参加するまでの経歴があまりはっきりわかっていない人物だけに、フィクションでも様々に描かれてきた斎藤ですが、松陰のある意味忘れ形見というべき本作の彼はまず最凶といってよいかもしれません。

 先に述べたように殺伐にもほどがある人生を送ってきただけに、人を斬ることも、そのために卑怯な手段を使うことも全く躊躇わない斎藤。彼は松陰に似ていると言われた「黒猫」――宗次郎を標的と定めると、女装(美人)して接近、すずを誘拐して宗次郎を誘き出し、問答無用で真剣勝負を仕掛けます。
 自分と似ていると言われながら、友も仲間も持ち恵まれた宗次郎に一方的に怨念をぶつけ、斬りかかる前に一瞬目の前から消えるという奇怪な剣法を操る――まさに言動ともに「幽霊」としか言いようのない怪人。まさか斎藤一が幕末バトルものの変態敵キャラになるとは――さすがに想像の外にありました。


 そしてこの狂――いや強敵に惨敗した宗次郎は、近藤勇となった勝太に頭を下げて特訓を開始することになります。一方土方は、江戸に井伊直弼暗殺を狙う一団が潜んでいることを嗅ぎつけ、その企みを粉砕することで仕官に繋げようとするのですが――実はこれこそが松陰が斎藤に託した「計画」。

 かくて安永七年三月三日、暗殺決行前夜に集合場所である神社を襲撃する近藤・土方・宗次郎と、無理矢理引っ張り込まれた平助。
 土方の作戦で、集まった十五人の浪士を分断し、各個撃破する四人ですが、そこに何故か太鼓を打ち鳴らし、その太鼓をブン投げて壁をぶち破るという奇策で近藤たちの包囲を破って斎藤が出現!

 と、とんでもない混乱の中で終わるこの第2巻。残すところあと1巻でどのような結末を迎えることになるのか――それはまたいずれご紹介いたします。
(しかし、宗次郎が第1巻であれだけ葛藤した人斬りを、この神社での戦いであっさりやってしまうのは、ちょっと違和感が否めないのですが……)


『この剣が月を斬る』第2巻(堀内厚徳 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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