山崎峰水『くだんのピストル』弐 時代を打破する力に魅せられた二人の青年
人の心を読み取る力を持つ少年・くだんを狂言回しとした獣人幕末時代漫画、二ヶ月連続刊行の単行本第二巻は、表紙の高杉晋作と、もう一人――岡田以蔵を中心に描かれることになります。剣術が時代に取り残されていく中、二人の青年はピストールの力に魅せられることに……
桜田門外の変が起きた年、九州豊後の山中で一人剣を振るっていた岡田以蔵。藩命で武者修行にやってきた彼は、修行先の道場で相手を半殺しの目に遭わせ、一人山に入って獣相手に剣を磨いていたのです。
しかし最後の相手に選んだ巨大なイノシシには剣が通じないどころか、剣を踏み折られ、絶体絶命となった以蔵。その彼を結果的に救ったのは、山の民の猟師たちの鉄砲――そして山の民たちと共に以蔵の前に現れたのは、あのくだんだったのです。
主人公とも狂言回しともいうべきくだん以外、ほとんどのキャラクターが擬人化した犬として描かれる本作。その第二巻の前半に登場するのは、第一巻でもわずかに顔を見せていた岡田以蔵――ハイエナをモチーフとした顔が実に似合う(といっては申し訳ないのですが)青年剣士であります。
しかし幕末四大人斬りの一人などと言われ、凄まじい剣の腕を披露する――特に豊後の道場での相手を叩き潰した後に文字通り獣のような表情を見せた場面、一度も触れさせずにスズメバチの群れを全て叩き落とす場面は印象的――以蔵ですが、しかし本作では意外な側面を見せることになります。
それは己の剣の無力さを、そして銃の強さを知ること――如何に己が剣を持った相手には無敵であっても、飛び道具を前にしてはその技は無に等しい。以蔵はそのことをくだんとの出会いで以て痛感するのです。
それは象山のようなテクノロジー志向からでも、くだんのようなどこか運命的なものでもなく、純粋に戦闘で勝利するためではありますが――しかし新たな力が自分に必要であることを直感してのものである点には変わりはありません。
そしてもう一人、この巻でピストールの力に目覚め、求めるようになるのが、表紙の高杉晋作です。
後年の狂的な人物のイメージとはいささか異なり、ダックスフンドがモチーフという、穏やかさを感じさせる本作の晋作ですが――この巻で描かれるのは、彼が往くべき道を見失い、彷徨う姿であります。
象山の塾を離れた後に師事した吉田松陰はあっさり処刑され、操船術を学ぼうとすれば船酔い、剣術を極めようと思えば聖徳太子流の佐藤一(!)なる人物に一撃で敗れ――己の道に散々迷った晋作。
しかし町でくだんの描いた猫絵を見たことで、自分の未来は銃とともにあることに気付き、松代で蟄居する佐久間象山のもとを訪ねることに……
と、剣術の限界に気付き、ピストールの力を求めるようになる二人の若者。冒頭の桜田門外の変で描かれているように、剣術が既存の武士階級を――彼らが支配する時代を象徴しているとすれば、ピストールはそれを打破する新たな力の象徴だといえるでしょう。
しかしそれが真実なのか。仮に真実だとして、その力は彼らに与えられるのか、そして彼らが旧来の力の打破を成し遂げることができるのか――それはこの先描かれることになるのでしょう。
そして現時点でもう一人、ピストールを求める者が本作にはいます。それは言うまでもなくくだんその人ですが――この巻のラストではふたたび彼に物語の焦点が移り、コロリの大流行で死の街となった江戸に戻ってきたくだんの姿が描かれることとなります。
(前巻で松陰と行動を共にした後のことが描かれなかったのは、ちょっと意外でしたが……)
この江戸の姿に不気味な既視感があるのにはさておき、奇妙なすたすた坊主――これがまた素顔を隠しているだけにものすごく曰く有りげに感じられる――と行動することとなったくだん。
人の(心の)声を聞く力で以て、その名のとおりの不吉な予言を行ってみせるくだんが求めるものは――コロリ以上に不気味な病が流行を始める中、物語は東禅寺事件へと繋がっていくことを予告して続くことになります。
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