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2022.05.12

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(その二) 梁山泊と「彼」 表裏一体の勝者と敗者

 『絵巻水滸伝』第二部の遼国篇最終巻の紹介の後編であります。梁山泊と遼国の戦いが決着した後に始まるドラマ――その主人公となる意外な人物とは?

 その人物の名は兀顔延寿。兀顔光の養子であり天寿公主の許婚である青年ですが――そのの正体は、あの曽頭市の五男・曽昇! ――といってもこの事実は第一部の時点で語られていたのですが、しかし彼の存在が、この遼国篇のラストでクローズアップされることになります。

 かつて女真の皇子(=曽弄)に略奪された契丹の公主を母として、漢土で生まれ、漢人として育てられた曽昇。しかし曽頭市は梁山泊に完敗した末に父と兄たちは全て落命し、唯一生き延びた彼は、曽頭市に雇われていた刺客・白骨猫に救われて北に逃れ――その末に兀顔光に拾われ、その養子となったという本作オリジナルの設定があります。
(白骨猫の去就に関して、今回の描写と第一部の描写とちょっと異なる部分があるのはさておき)

 様々な民族が関わる複雑なオリジンを持ち、一度は己の名前すら喪った兀顔延寿。そして今またもう一人の父を喪い、祖国の存在すら危うくなるという、あまりに悲劇的な運命を辿った彼ですが――しかしその姿は、実は梁山泊のそれと奇妙に重なるものがあります。

 生まれも育ちも、職業も身分も違う多用な出自の面々から構成された梁山泊。しかし彼らの集った地ももはやなく、今は招安され官軍という新たな立場となったものの、奸臣たちに睨まれている状況では、いつまた追われる身になるかもわかりません。
 勝者となった梁山泊と敗者となった兀顔延寿。しかし、多様なオリジンを持つ根無し草という点では表裏一体、両者の存在に大きな違いはないといえるでしょう。

 実はこの遼国篇の背景では、この運命から逃れるための呉用の企みが描かれてきました。中央から遠く離れた燕京を落として、監視の名目でそこに駐屯、契丹人を含む周辺の勢力を糾合して勢力を蓄える。奇しくも後周王家の末裔たる柴進がいることを考えれば、陳橋の変を再び起こし、梁山泊を国として打ち立てることも不可能ではないかもしれません。
(この点では、自分の国を求めて遼の乗っ取るための陰謀を張り巡らせた、この戦いの現況というべき慕容貴妃も、梁山泊に近い存在といえるかもしれません)

 兀顔延寿がようやく得た国を倒し、梁山泊が自分たちの国を造る――ここでも両者の皮肉な構図がありますが、しかし結末において、両者の運命は、再び変転するのです。
 全てを喪ったかに見えた中で、それでも残ったたった一つかけがえのないものを見つけ、そしてそれによって愛と自由を得た兀顔延寿。その一方で、宋と遼という国と国との力学の前に、呆気なく建国の野望が潰えた梁山泊……

 それこそ本作においても有数の、希望に満ちたハッピーエンドを迎えた兀顔延寿と、敗北感に文字通り膝を折った呉用と――その姿はあまりにも対照的に感じられます。
 そしてそこからは、招安された梁山泊に、そしてその彼らの戦いに、一体どのような意味があるのかを、改めて考えさせられるのであります。そしてこの先の梁山泊を待つ運命も……


 招安されても変わらぬ梁山泊の痛快な活躍を描きつつ、しかしその一方で、その戦いが本質的にこれまでのそれと違うことを示してみせたこの遼国篇――『絵巻水滸伝』ならではの優れたアレンジが施されたエピソードというべきでしょう。

 しかし、それでも梁山泊の戦いは続きます。この先に待つのは、ある意味梁山泊と同様の存在というべき田虎、そして王慶との戦い――「田虎・王慶篇」についても、近日中にご紹介いたします。


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