小島環『唐国の検屍乙女』 少女は事件現場で自分を見出す
デビュー以来、中国を舞台とした歴史ものを発表してきた作者の新作は、北宋を舞台に医学を修めた少女・許紅花と、変人美少年・高九曜のバディが奔走するミステリであります。戦場から心身の傷を負って帰ってきた紅花は、妓楼での検屍を引き受けたことがきっかけで思いもよらぬ冒険に飛び込むことに……
1042年の北宋は開封で、実家に引き籠っていた紅花。医者一家に生まれて自分も医学と武術を修めた彼女は、名医と謳われた父とともに、二年前から西夏戦線に従軍していたのですが――そこで父を庇って負傷、右手に震えが生じるようになり、もう治療はできないと、人生に絶望していたのです。
そんなある日、依頼で妓院での検屍に行っていた姉が、憤然として帰ってきたのを知った紅花。「髑髏真君」なる人物に言いがかりをつけられたと憤る姉に代わり、検屍を行うことになった紅花ですが――妓楼で見たものは、髑髏を小脇に抱え、役人たちに罵詈雑言を喚き散らす美少年・九曜の姿でした。
そして紅花が検屍することになったのは、江湖随一と謳われた名妓・蛍火の死体。役人たちは事故による死と結論づけていたのに対し、殺人と判断した九曜の傲岸不遜な九曜の態度に戸惑う紅花ですが――しかし自分も同じ殺人という結論にたどり着くのでした。
それがきっかけで互いに興味を持ち、事件解決のために共に行動することになった紅花と九曜。そして調査を進める中、何者かのメッセージが届き、二人は同様の手口の事件が起きているという後宮に潜入することに……
これまで、基本的に中華「風」ではなく、実際の中国史を題材とした作品を描いてきた作者。本作もまたその例に漏れず、北宋とその西北に位置する西夏との戦いが、物語の背景となります。
そもそもこの西夏との戦いで紅花が負傷、後遺症で医師の道を断念したことが物語の発端ですし、最初の殺人の被害者である蛍火は西夏の出身、そして後宮での事件も――と、この時代ならではのものであるのが印象に残ります。(個人的には、「アフガニスタンに行っておられましたね」がこうなるのかと感心しました)
そんな歴史ものとしての背景を持つ本作ですが、物語のスタイルは、バディもののミステリというべきでしょう。
本作における九曜と紅花のコンビ――天才ながら傲岸不遜、奇矯極まりない高機能社会不適合者の探偵役と、その相棒である常識人(の医師)というのは、これは定番中の定番のスタイルにも見えます。しかし本作のユニークな点は、紅花も九曜に負けない観察眼の持ち主として描かれていることでしょう。
そう、少なくとも検屍という点では、紅花は九曜に劣らぬ腕と眼の持ち主であり、そして自分の見たものを、先入観に囚われず客観的に判断するだけの知性を持っているのです。それだからこそ他者を基本的に自分より下の存在と見做す九曜も彼女に興味を持ち、半ば(いや八割方)強引に相棒として事件に引っ張り込むことになるのであります。
しかし本作の最大の魅力は、そんな九曜との冒険の中で、紅花が自分自身を見つめ直し、そして本当の自分自身として立ち上がる姿を描く点にあると感じます。
これまで述べてきたように、戦場での負傷で医者としての道を断念せざるを得なかった紅花。しかし彼女にとって医師の道は――特に従軍してのそれは――父も母も姉も携わる家業であると同時に、女性である自分が自分自身の足で立つための、自己実現の手段でもあったといえます。
それが喪われるということは、彼女にとっては自分が自分として生きることができなくなるということであり、自分の価値が(彼女の中では)無になったということにほかならないのですから。(それを裏付けるような、父親の弟子であるイケメン・劉天佑の初対面時の態度がキツい)
しかし彼女は九曜との出会いによって、自分自身の新たな才能を見出すことになります。それが彼女にとってどれだけの支えと救いになったか――それは言うまでもないでしょう。だからこそ彼女と九曜の冒険は、どれだけ危険と隣り合わせであろうとも、どこか胸踊る感覚と、爽やかさがあるのです。
が、それに加えて、彼女自身も気づかなかったような彼女自身の真実が、九曜によって顕わになるのもまたユニークな点なのですが――なるほど、本作の帯の「私もあなたに暴かれていく」とはよく言ったものだと感心します。
正直なところ、人物配置や物語展開(特にクライマックス)に強い既視感がある点には戸惑ってしまうのですが、この先のコンビの冒険を見てみたいと思わされることは間違いない作品であります。
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