« 椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第2巻 共闘新旧世代 そして親世代の抱える想い | トップページ | かどたひろし『御広敷用人 大奥記録』第1巻 水城聡四郎、「奧」で新たな任に挑む »

2022.05.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第10巻 舞台は駿河から京へ そして乱の終わり

 ずいぶんと骨っぽくなった新九郎の横顔が表紙の『新九郎、奔る!』第10巻は、前巻での今川家の御家騒動の後始末(?)と、京に帰った新九郎の姿が描かれることになります。相変わらず無位無冠無役の三冠王のまま奮闘する新九郎に待つのは、如何なる明日なのか――?

 義兄である今川義忠の横死がきっかけの後継者争いの中で、姉の伊都と甥・龍王丸を守るために調停役に志願した新九郎。しかし対する小鹿新五郎派にはあの太田道灌がつき、大苦戦を強いられることになります。
 ようやく調停に漕ぎ着けたものの、道灌からは「しかし小僧、自分の力で勝ったのではないぞ。 その幕府の御威光のおかげだということを忘れるな!」などと言われ(言われてない)悔しさを噛みしめることに……

 かくて新九郎にとっては苦い表舞台デビューとなったこの御家騒動ですが、しかしあくまでもこの調停は一つの区切りに過ぎません。新五郎が当主代行となり、しかし龍王丸はいまだ当主を名乗れぬままという、双方にとってある意味中途半端な状況で、血の気の多いこの時代の武士が黙っているはずもないのです。
 伊都と龍王丸を狙い、二人が身を寄せた代官屋敷を襲う何者かの兵。そしてその中で、新九郎の家来が犠牲に――?

 と、いきなり緊迫した展開となったこの巻ですが、しかし転んでもただでは起きなくなったのは、今回の経験を経ての新九郎の成長でしょうか。これから自分は京に戻らなければならない中で、伊都たちを守りつつ、家督争いを有利に進める、自分だけができるその手段とは……
 なるほど、こう来るか! という新九郎の一石三鳥の妙手には感心しますが、しかし策を思いつくのと実行することはまた別物であります。

 さらに自分や父も暮らす京の伊勢貞宗邸に戻ってみれば、色々あって幼い将軍義尚も何故かひとつ屋根の下に――となんだかややこしい状況になっているではありませんか。

 元々父が大御所義政に睨まれている一方で、自分は義尚に懐かれている新九郎。義政と義尚の二重体制がまさかこんなところで新九郎に累を及ぼすとは――と驚かされましたが、この辺りの新九郎の家庭の(?)事情と、幕府の事情を並行して、そして絡み合わせて描く趣向は、元々本作の特徴ですが、改めて感心させられました。
(そしてここで不意打ちで投入されるつげオチが可笑しい)

 そして本作ならではの趣向といえば、以前の荏原のエピソードがそうであったように、中央(京)のみではなく、地方のみでもなく、その両者を有機的に絡めつつ、この時代の武士の――政治の在り方を描く手法は、もちろんここでも健在です。
 冷静に考えれば、中央だけでも、地方だけでも存在し得ない当たり前ではあります。しかしその当たり前に、物語として一定の流れをつつ描いてみせるという作者の歴史作家としての手腕に――そしてその主人公に後の北条早雲を選ぶという着眼点に――何度めかの感心をしたところです。

 そして、その中央と地方の関係の最たるものであり、そしてそれを徹底的に狂わせたのが、本作の冒頭から描かれてきた応仁の乱であることは言うまでもありません。
 この巻において、この乱がついに終結することになるのですが――しかしそれではこの乱とは一体何だったのか? その一端を示すものとして、伊都が語る「この大乱で討ち死にした守護大名はゼロなんだって!」という言葉が、印象に残ります。(その後には「無関係な戦で討ち死にしたうちのが馬鹿みたいじゃない!!」と続くのですが)

 もちろん死ななかったのは守護大名のみ、そのほかは武士も庶民も、無数の犠牲が出たことは言うまでもありません。そしてその一人――かつて今出川殿(足利義視)のために兄が無残な死を遂げた新九郎が、まさに都落ちしていく今出川殿にぶつける言葉は、そんな時代への怒りとやるせなさの吐露として、印象に残るのです。


 そしてその乱の終わりは、新九郎自身の身の上にも影響を与えるようなのですが――いよいよ彼も無位無冠無役の三冠王からの脱出なるか、気になるところです。そしてもう一つの乱が終局に向かう関東の情勢もまた……(練馬とか豊島というワードが出てくると胸がときめく八犬伝ファン)

 ちなみにこの巻でほとんどヒロインといってよい印象であったのが伊都ですが――その彼女に対する義政の言葉は(この時代からすれば当然のものだったのかもしれませんが)、この時代の女性の生きづらさを象徴するものとして、こちらも印象に残ったところであります。


『新九郎、奔る!』第10巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックススペシャル) 

関連記事
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第2-3巻 応仁の乱の最中のホームドラマが生み出す「共感」
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第4巻 地方から見る応仁の乱の空間的、時間的広がり
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第5巻 「領主」新九郎、世の理不尽の前に立つ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第6巻 続く厄介事と地方武士の「リアル」
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第7巻 室町のパンデミックと状況を変えようとする意思
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第8巻 去りゆく人々、そして舞台は東へ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第9巻 新九郎戦国に立つ!?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

« 椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第2巻 共闘新旧世代 そして親世代の抱える想い | トップページ | かどたひろし『御広敷用人 大奥記録』第1巻 水城聡四郎、「奧」で新たな任に挑む »