輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その二) 皆塵堂総力戦、シリーズ最高傑作誕生!?
復活を遂げた『古道具屋 皆塵堂』シリーズ、その復活後第二作、通算第九作の紹介の続きであります。茂蔵が開けてしまった祠の中の箱から現れたのは、深い恨みの籠もった女性の黒髪。はたしてその怨念を止めることができるのか……
というわけで、三十年前に備前屋によって全てを奪われた末に亡くなったお此の怨念の籠もった黒髪の行方を追うことになった茂蔵と皆塵堂の面々。
以降、茂蔵が巳之助、太一郎とともに古道具屋を回る中、太一郎が髪の気配を察知するも――という「髪絡み」、箱を手に入れた呉服屋から箱をもらう代わりに、茂蔵たちが死神に憑かれたという若旦那を助ける羽目になる「死神憑き」、峰吉と二人箱を追う中でついに箱を見つけた茂蔵(と読者)がとてつもない恐怖に遭遇する「髪つき首」、そしてお此が狙う三人目の行方と、全ての怨念の結末が描かれる「花の祠」と、物語は展開していくことになります。
先に述べたように本作の背景となっているのは非常に胸糞案件ではありますが、それでもきっちりと笑わしてくれるのが本作です。
どんどん増えていく巳之助の長屋の猫ですとか、茂蔵が目指す「もう一段上の遊び人」といった小ネタだけでなく、「死神憑き」で若旦那に生きる気力が湧くような物を持ち寄ったら大惨事が――という展開は、重くなりがちな本作でも随一の清涼剤というべき内容であったと思います。
(しかしこの若旦那、キャラが妙に立っていて、またシリーズに再登場しそうな……)
しかし本作で最も凄まじいギャグは、その胸糞案件を聞いている最中の巳之助たちの怒りを描くくだりでしょう。思わず読者も共感してしまうその怒りの大きさを描きつつ、同時に何ともいえぬ脱力感とおかしみを産み出す――一歩間違えれば雰囲気を壊しかねないところに、絶妙のさじ加減で描かれるこの場面には、真剣に唸らされました。
さて――そんな相変わらずの楽しさもある本作ですが、もちろん中心にあるのは、怨霊による殺人を食い止めるという、非常にシリアスな事態であります。
しかしここには大きなジレンマがあります。お此の髪に狙われているのは、そうされても仕方がない(そして法ではその悪業を裁けない)ような連中ばかり。確かに無関係な人間の被害は避けなければなりませんが、復讐そのものは放っておいてよいのでは――正直なところ、そんな気持ちにもなります。
基本的に本シリーズの登場人物はその辺りにはドライなのですが、しかしそんな中で、(実害がありそうな)茂蔵とともに太一郎は積極的に髪を追って動くことになります。
記念すべき本シリーズ初の主人公にして、作中最強の霊能者である太一郎――作中でも彼がいなければ解決できない事態が多数あった太一郎は、本作でもその力を遺憾なく発揮。お此の髪の在処を察知して、率先して動くのです。
シリーズにおいてはその能力とは反比例して、一番常識人な印象のある太一郎。なるほど彼であれば背景はともかく、これ以上の犠牲者が出る前に動こうとするだろうな、と納得できます。
が、その一方で、その能力が強力過ぎて、この人一人いればいいんじゃないのかな、と思ってしまうのも――これは本作に限ったことではなく、シリーズ全体に共通する点なのですが――事実ではあります。
本作には、そんな二つのどこか釈然としない想いもあったのですが――しかしその詳細は述べられないものの、本作においてはこれらの点はきっちり解消される、とだけは申し上げたいと思います。
本シリーズの、そしてこれまた作者の作品全体のもう一つの特徴は、超自然の怪異を描きつつも、そこに合理的なミステリとしての趣向を必ず入れ込む点ですが――本作におけるそれは、まさにこの点にあったのか!? とすら思わされる、見事な展開だと、つくづく感じ入った次第です。
そしてシリーズ的にも、いつも毒舌を吐きながら店から動くことがなかった小僧の峰吉が(主人の伊平次がフラフラ出かけちゃうもんだから)ついに出馬することになったり、その伊平次が実に良い感じに存在感を見せたりと、総力戦の印象もある本作。
個性的なキャラクターたちによるユーモアと、真剣に恐ろしい怨霊が引き起こす恐怖、そして物語の真実を巡るミステリ――本シリーズの持ち味が十二分に活かされた、シリーズ最高傑作と言って良いのではないかとすら感じさせられる作品です。
ちなみに毎回密かに楽しみにしているのが作者のあとがきなのですが――この巻はあとがきもインパクト十分。確かにそんな理由でシリーズが××したら前代未聞であります。
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