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2022.05.10

田中文雄『魔境のツタンカーメン 死人起こし』 少年王と地底都市に彷徨う女王の亡霊

 紀元前14世紀のエジプトを舞台に、凄腕の墓荒らしを主人公に描かれれる冒険活劇の第二弾であります。「死人起こし」の異名も今は昔、墓荒らしを引退したパキが、あのツタンカーメン王とともに、古代の女王の亡霊が彷徨う地底都市を舞台に再び冒険を繰り広げることになります。

 スメンクカラー王の死に端を発し、クレタ島でのミノタウロスとの対決にまで至った冒険から七年後――今は王室出入りの大商人となったパキ。既に墓荒らしからは足を洗ったパキですが、彼の下にかつての同業者が転がり込んできたことから物語は始まります。
 百数十年前に亡くなったハトシェプスト女王の葬祭殿に忍び込んだものの、その女王の亡霊と遭遇したと泡を食って逃げ出してきたその男を匿ったパキ。しかしパキの方も、持ち船の一つが原因不明のまま消息を絶ち、そちらの対応に追われていたのでした。

 船の航路を追って旅立ったパキですが、向かう先の地域で、動くスフィンクスが娘たちを攫っているという奇怪な噂を聞かされることになります。はたして途中立ち寄った港町で、パキたちはスフィンクスが町を襲撃する様を目撃するのですが――しかしそれが幻術と見抜いたパキは、騒ぎの中で引き寄せられるように水辺に向かった娘たちが、巨大なイモリに襲われている現場に遭遇するのでした。
 娘の一人を辛うじて救い、謎の敵を追って舟を出すも、激しい水流に巻き込まれた末に、浮島に辿り着いたパキたち。その前に現れた人物こそは、何とパキもよく知る少年王・ツタンカーメンその人――!


 と、ここまでが全体の四割程度ですが、かなりインパクトが大きい展開であります。前作も終盤はモンスターホラー的な色彩が強くありましたが、本作はこの滑り出しの部分から、動くスフィンクス、鰐ほどもある巨大なイモリや人間大のカエルと大盤振る舞い。
 そして極めつけがツタンカーメン登場! というわけで、タイトルの意味は、魔境にツタンカーメン的人物がいるのかと思いきや、本当に魔境にツタンカーメンが登場するのですから驚かされます。

 もちろん本来であればテーベにいるはずのツタンカーメンですが、この魔境にいたのは、謎の病に苦しむ王妃アンケセナーメンを救うため。以前より謎の神官・ラクダンバから、唯一この病を止める薬を以前より得ていたツタンカーメンですが、薬が残り少なくなったのにいてもたってもいられず、王宮に影武者を置いてきたというのです。
 その途中に船が沈み、ただ一人浮島に辿り着いたというツタンカーメン。しかしパキと出会ってほどなくして浮島も崩壊し、辛うじて何処かに流れ着いた二人は、謎の宮殿に迷い込むのでした。

 その宮殿がある地こそは、死んだはずのハトシェプスト女王が暮らす地底世界。そこで数々の怪異に遭遇しながらも、消えた自分の船の行方と脱出の方法を探るパキですが、しかし地底世界には想像を絶する秘密が……


 前作『迷宮の獣王』が、エジプト内を転々と移動した末に、クレタ島の地下迷宮が舞台になったのに比べれば、中盤以降の舞台は地底世界にほぼ限定され、地理的広がりは抑えめの本作。
 しかしその分、個々のエピソードや描写は掘り下げられ、歴史ホラーというべき独特の世界観がより明確になったと感じます。

 物語の視点も、前作の後半はパキから離れた部分もあって、その分彼の存在感が薄れてしまった感があるのに対し、本作ではほぼ彼の視点に集中しているのも好印象です。
(もっとも、クライマックスはスケールが広がりすぎて、パキは生き延びるのに精一杯となり、事態収拾の役に立ってない印象があるのは、これは前作同様ですが……)

 ただし、前作が古代エジプトとギリシャ(クレタ)を結びつけるという離れ業を見せたのに対し、本作は――こちらも実は他の文明・神話とのリンクが用意されているのですが――その部分については、少々地味に感じられないでもありません。
 もっともクライマックスには、これまでに登場した以上にとんでもない怪物が出現し、そこからさらに思いもよらぬカタストロフィーに展開していくため、地味という印象は全くないのですが……


 古代エジプトを舞台とした冒険ホラーという、日本ではかなり珍しい作品であったこの「死人起こし」二部作。もし第三作があったのであれば、ツタンカーメンの死とそれに伴う第18王朝末期の混乱が描かれたのではないかと感じますが、それは作者亡き後となっては、単なる夢想に過ぎないでしょう。

 何はともあれ「死人起こし」二部作、これにて大団円であります。


『魔境のツタンカーメン 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

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