正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(その一) 対遼国最終決戦! 陣と陣との大激突
『絵巻水滸伝』第二部の二つ目の物語、遼国篇の最終巻であります。ついに燕雲十六州の中核たる燕京にまで迫った梁山泊軍。しかしその前に立ちふさがるのは、遼の守護神というべき大将軍・兀顔光――最強の敵による最強の陣に挑む梁山泊の運命は?
遼国軍の大規模な南下に対し、招安後初の戦いを挑むこととなった梁山泊軍。緒戦から快進撃を続け、難攻不落を謳われた覇州も紆余曲折あったものの見事突破、最終目的地たる燕京も目前であります。
が、ここで梁山泊軍は、太原を攻めていたはずの兀顔光将軍の大軍が――かつて梁山泊と意気投合した節度使・徐京を斃した上で――撤退、一転して燕京に向かっているという青天霹靂の報を受けることになります。
実は、燕京で燕王を誑かした巫女・蕭輝(実は宋国を追放された妖女・慕容貴妃)が政を壟断、古参の大臣たちを粛清して我が物顔に振る舞っていることを、燕京から脱出した天寿公主が兀顔光に急報。それを受けて兀顔光は燕京に向かうことを即断したのです。
遼最強の兀顔光が燕京に入れば、燕京攻略は俄然困難となる。いや、燕京攻略中に背後から兀顔光に挟撃されれば、一転窮地に陥る――そうなる前に燕京に急ぐ梁山泊軍ですが、もちろん遼側もそれを指を加えて見ているはずもありません。
かくてこの巻の前半、第八十五回「迷路」では、先行する宋江隊を追う盧俊義隊が、遼の呪師・賀重宝とその一族が青石峪に作り出した八陣の迷宮に捕らわれ、絶体絶命の窮地に陥る様が描かれます。
およそ正面からの激突であれば、いかなる強敵にもおさおさ引けを取らない梁山泊の豪傑たちですが、しかし妖術というある意味究極の搦手で来られては話は別。ここで豪傑たちが山中で迷い、散り散りになり、幻夢に悩まされる様は、衝撃的ですらあります。
しかしそれでも朱武が、解珍・解宝が、白勝が、林冲が、それぞれの形で立ち上がり、妖術を打ち破る様は、まさしく梁山泊の豪傑ならではの痛快な展開といえるでしょう。
特に林冲の場合、精神攻撃を受けても心に深く抱いたものがあって――というのはある意味定番のシチュエーションであるものの、彼の過去を考えれば、何とも粛然となると同時に、胸が熱くなるのです。
その一方、命懸けで作中屈指の見せ場に挑んだ白勝は、意外と役立ち度合いが低いようにも感じられてしまうのですが……
さて、巨大な罠をくぐり抜けて梁山泊軍が急行したにもかかわらず、それをさらに上回る速さで移動し、燕京に帰着した兀顔光。かくて遼国篇最終話である第八十六回「長城」では、梁山泊軍と兀顔光との最終決戦が繰り広げられることになります。
遼国にその人ありと知られた兀顔光ですが、恐ろしいのはその強さが力押しだけでなく、正当な兵法に裏打ちされていること。そしてここでその兵法を象徴するのが、陣形の数々なのです。
次から次へと変幻自在の陣形を繰り出す兀顔光(と息子の兀顔延寿)。しかしこちらにも陣形についてはマニアクラスの知識の持ち主・朱武がいます。この遼国側の陣形をひと目で見抜き、それに応じた陣を繰り出す様は、全編を通じて朱武の最大の見せ場というべきでしょう。
しかしその朱武をしても驚倒させられるのは、かの諸葛亮孔明が編み出したという武侯八陣図の存在。これに対してついに全軍集結した梁山泊軍が九宮八卦陣で応じる様は、実に勇壮、痛快ですらあるのですが――しかし八陣図を打ち破ったかに見えたその中から更に、幻とも言われた伝説の太乙混天陣が出現するという展開には痺れます。
(原典ではこの陣の説明がちょっとクドすぎるのですが、その辺りはサラッと、しかし格好良く処理しているのもいい)
百八星集結、招安後の水滸伝の展開を指して、戦争の連続で退屈という評はしばしば耳にします。しかし戦争の連続というのは事実としても、この兀顔光戦で描かれた陣形合戦は、そのケレン味といい勇壮さといい、格別なものがあると、改めて感じさせられました。
しかしその秘術の応酬にも終わりの時がやってきます。その勝者がどちらであるか――それは言うまでもありませんが、敗者の側で、印象的なドラマが展開することになります。
そのドラマの主人公となるのは――長くなりましたので、次回に続きます。
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