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2022.06.06

霜月りつ『あやかし斬り 千年狐は綾を解く』 蘭方医と妖狐が挑むバラエティ豊かな化け物退治

 このブログ的には『神様の用心棒』の霜月りつによる、妖怪時代小説の快作であります。ある日、謎の美貌の薬売りから効果抜群の薬を与えられた蘭方医の多聞。その後再会する二人ですが、その場面はなんと――奇妙なコンビによる化け物退治が始まります。(内容の詳細に触れますのでご了承下さい)

 父の診療所を継いで日々奮闘する若き蘭方医・武居多聞。ある日、大怪我をした男の手当に難儀していた多聞は、突然現れた美貌の薬売りから与えられた、驚くほどよく効く薬に助けられることになります。
 その数日後、往診帰りに獣のような唸り声を聞いた多聞ですが、そこで彼が目にしたものは、見たこともない恐ろしい化け物と対峙するあの薬売り。しかも薬売りは化け物を手もなく捻ると、その口から出てきた光を飲み込んでしまったではありませんか!

 そんな信じられない光景を見た一月後、大川の土手で背中を真っ直ぐに切り裂かれた狐を見つけ、家に連れ帰って手当をすることとした多聞。狐に青と名付けて共に暮らす多聞ですが、その狐はなんと……


 と、ここまでくれば予想がつく方もいらっしゃるかと思いますが、この青こそは実は薬売りの正体。故あって人の姿で化け物を退治をし、そこから薬を作っているという妖狐だった青の話を聞き、多聞は協力を約束するのでした。
 本作ではこの多聞と青、そして多聞の幼馴染で定町廻り同心の硬骨漢・板橋厚仁が、江戸を騒がす事件の数々に挑む全三話が収録されています。

 さて第一話「蟷螂の疵」で描かれるのは、上で述べた青が深手を追わされた事件――大川沿いで次々と発生する通り魔事件の謎。
 厚仁からの依頼で被害者たちの手当を行った多聞は、一見無差別に見える被害者たちに、実は共通点があることに気付くのですが――しかし彼自身も襲撃を受け、対峙したその相手は!? と、その姿にまず驚かされることになります。

 こういう展開では、スレた妖怪ものファン(?)としては、鎌鼬かな、それとも髪切かな――などと考えてしまうのですが、しかしここで描かれるのは、そんな予想など及びもつかないような存在。はたしてこの化け物は何者なのか、そして何故人を襲うのか――人知を超えた力を持つ青でも簡単には倒せないこの化け物に対して、多聞たちはその出現に至る理由、「綾」を探ることになります。

 このように本作に登場するのは、通り一遍の妖怪ではなく、一捻りも二捻りも加えられた独特の存在。そして力押しで倒すのではなく、その正体を解き明かすという謎解きの要素が強いのも、また本作の魅力なのです。


 そんな本作の魅力が最もよく現れているのは、第二話「振り袖夢幻」でしょう。このエピソードでは、あるきっかけで猿若町の宮地芝居の二枚看板・菊山と鹿の輔と知り合った多聞が、二人の愛憎入り混じった関係を知り、さらに町を騒がす足切りの通り魔事件に巻き込まれることになります。

 一見無関係なこの二つの要素を結びつけるのは、役者たちの間で囁かれる「振り袖お化け」の存在。足を失って無念のうちに死んだ役者が化けて出たというこの化け物と取引をすれば、芸が上達するというのですが――しかし青も知らないこの化け物は何者なのか。
 多聞の医者という設定も最大限に活かして展開する物語は二転三転、前話以上に捻りの効いた展開に驚きつつ、ラストではきっちり泣かされるという、実に見事なエピソードなのです。

 そして最後の第三話「狐火の夜」では、人を食い殺しては一滴残らず血を啜る狐の化け物が江戸に出没、この化け物と対峙した多聞は、相手の、そして青の意外な正体を知ってしまい――と、物語は伝奇的に一気にスケールアップすることになります。
 人々が恐慌を来す中、多聞と青を助けるのはなんと――というケレン味溢れる展開も楽しく、ラストに相応しいエピソードであります。(そして冒頭のある描写が活きる展開にもまた涙)


 人間と妖怪がバディとなって妖怪を退治するというのは、妖怪ものでは鉄板の展開ではあります。しかし本作は、主人公たちのキャラクターの楽しさや物語展開の巧みさといった点はもちろんのこと、化け物の――つまりはストーリーの――バラエティの豊かさという点で他にはない魅力を持つと感じます。
(冷静に考えると「綾」が登場するのがほとんど第一話のみなのですが、それもある意味バラエティの現れというべきでしょうか)

 本作だけで終わらず、この先も豊かで意外性に富んだ多聞と青の冒険を読んでみたい――そう強く感じさせられる佳品です。


『あやかし斬り 千年狐は綾を解く』(霜月りつ 小学館文庫キャラブン!) Amazon

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