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2022.06.09

『読んで旅する鎌倉時代』(その一) 源平合戦の陰の恋の形

 大河ドラマで個人的に一番楽しみなのは、それに合わせて刊行される、関連した題材を扱った書籍であります。本書はその中でも最もユニークかつ豪華な一冊――十三人の作家が、鎌倉幕府成立に関わる十三の史跡を舞台とした物語を描くアンソロジーであります。

 というわけで、本書は「小説現代」2022年1・2月合併号に掲載された同名の企画を書籍化したもの。ここでは、そのうち特に印象に残った作品を紹介いたします。


「妻の謀」(鈴木英治)
 知人の勧めで、平治の乱で共に戦った源朝長の娘・華子を後妻を娶った大庭景親。実は乱では清盛方と通じ、朝長らを売る形で生き延びたことに後ろめたさを感じていた景親ですが、華子の美しさに目を奪われ、以来、心の底から愛し慈しむのでした。
 しかしその妻は佐殿(頼朝)に味方してほしいと懇願するものの、その言葉に取り合わず、平家に仕え続ける景親。やがて佐殿闇討ちを命じられた彼は、三嶋大社に潜むことに……

 三嶋大社近くの妻塚観音堂を題材とした本作の主人公は、本書でも何度も題材となっている石橋山の合戦で散々に頼朝を打ち破った大庭景親。物語は、明らかに偽りを言って彼に接近してきた妻・華子の思惑を巡って展開することとなります。
 その思惑自体はすぐに予想がつくものの、しかし物語は二転三転、そこに浮かび上がるのは――人間として何を選ぶのか、どちらの選んだ道も決して間違っていないだけに、物悲しくもどこか清々しい後味が残ります。

 ちなみに本作は、本書ではほとんど唯一、頼朝の敵方を主人公とした物語。だからこそ描けた物語と言うべきでしょうか。


「初嵐」(阿部暁子)
 挙兵の際、妻の政子と娘の大姫を伊豆山神社に預けた頼朝。戦勝祈願にやって来た頼朝に対し、政子が語る想いとは……

 というわけで、ある意味史上に残るドラマチックなラブストーリーである頼朝と政子の出会いを中心に描かれる本作。ここで描かれるその経緯は、よく知られたものにほぼ忠実なのですが――しかし、本作はその背後にあったものを語ることになります。
 後ろ盾となるものがない頼朝と、旗頭を必要としていた北条時政。二人の男の嘘と欲に恋を演出された形となった政子ですが、しかしそれを知った上で頼朝に対して昂然と胸を張ってみせる政子の姿は、何とも力強く、そして颯爽としたものに感じられます。

 政子が恋に落ちた瞬間の頼朝の描写も実に巧みで、歴史に名を残す二人のナマの姿が印象に残る物語です。


「恋真珠」(赤神諒)
 自分の叔母であり、出会った時には人妻だった初恋の相手・八重への想いを貫き、ついに結ばれた江間小四郎。
 「恋遊びはできても、自分にはもう本物の恋ができない」と宣言する八重を受け入れながらも、なおも前夫である頼朝のことを語る彼女に嫉妬し、その一方でまさに英雄と言うべき義兄相手では仕方ないと感じるなど、小四郎の胸中には複雑な想いが渦巻きます。

 そんな中、ついに頼朝の挙兵に付き従い、初陣を迎えることとなった小四郎。その彼に対し、「恋は思い出になって、終わるわけじゃない。恋は終わってからだって、花開くのよ」と言い残し、頼朝の元に向かう八重の真意とは……

 政子の陰に隠れがちですが、その前に頼朝と結ばれて子を儲け、その子を身代わりに頼朝を助けるという、決して烈婦ぶりでは負けない八重。しかしその八重を本作は、武士を支える妻という形ではなく、恋に生きる一人の女性として描きます。
 己の恋を真珠に喩え、その恋を頼朝に捧げる八重に翻弄される小四郎ですが、八重の心は、はたしてどこに向いていたのか?

 八重姫の供養塔があるという真珠院を題材に、恋を貫いた八重、その想いの全てを理解していた頼朝、その時には気付けなかった小四郎――三人の不思議な人間関係が、人間の身勝手な、しかし最も美しい感情を浮き彫りにする本作は、異様な感動を与える結末も相まって、個人的には本書の中で最も印象に残った作品でした。

 ちなみに本作の小四郎と八重の関係は、奇しくも(?)、大河ドラマのそれと重なるのですが――むしろ一生に一度の恋、そして貝というモチーフから、作者の戦国もの『空貝』と表裏一体の物語とも感じられる作品です。


 次回に続きます(全二回予定)


『読んで旅する鎌倉時代』(講談社文庫) Amazon

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赤神諒『空貝 村上水軍の神姫』の解説を担当しました

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