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2022.06.29

獅子宮敏彦『豊臣探偵奇譚』 文系少年大名、推理で謎と権力に抗う

 豊臣秀吉の弟・秀長の養子として、わずか十三歳で大和の国主を継ぎ、そして十七歳で謎めいた死を遂げた豊臣秀保。本作はこの忘れられた豊臣家の少年を主人公とした、連作時代ミステリであります。この世のものとは思えぬ怪事件に巻き込まれた秀保が解き明かす真実とは……

 安土桃山時代、大和大納言こと秀長の養子となり、養父の死により十三歳で大和国主、大和中納言となった秀保。しかし政は筆頭家老である藤堂高虎らに握られ、本人はお飾り扱いの状況にありました。
 そんな己の状態を気にせず、むしろ権力から距離を置いて書の世界に親しむ秀保ですが、ある日家臣の誘いで、奈良に足を運ぶことになります。

 現状に不満を抱き、奈良で権勢を誇る法力の持ち主・闇乗院の銅卿と結ぶという家臣の言葉に戸惑う秀保。その矢先、荒法師に絡まれた秀保は、それがきっかけで、美しい散楽芸人・日魅火と亜夜火の姉妹と知り合うのでした。
 奈良時代に権力を誇っていた僧・玄昉を夜空に連れ去り、その体をバラバラに引き裂いて地に投げ落としたという魔人・魔空大師――その力を持つのは銅卿でなく自分だと語る日魅火より、秀保は数日後、東大寺に招かれることになります。

 はたしてその眼前で銅卿は夜空に現れた巨大な手に捕まり、後に死体となって空から降ってくることになります。この事態を利用し、日魅火を妖しの者として捕らえ、奈良の人々を弾圧しようとする高虎らから日魅火たちを救うため、秀保は魔空大師の謎解きを行うことに……


 豊臣の姓を名乗った人間たちの中でも、おそらくは一、二を争うほど知名度が低いのではないかと思われる秀保。秀吉の姉の子とも言われる秀保ですが、本作で描かれるように幼くして大和国主となり、そしてそのわずか四年後に死んだため、ほとんど歴史にその足跡を残していない人物であります。
 そもそも、記録の中では秀俊と呼ばれるなど、色々と怪しげな人物ではありますが――豊臣秀次同様に暗君であったとも言われ、その最期も、己の小姓に抱きつかれたまま十津川に転落、溺死というあまりに奇妙なものであったという説もあるようです。

 本作はそんな幻のような豊臣家の少年を主人公――それも探偵役に据えた、一癖も二癖もある連作ミステリであります。

 上に挙げた第一話「来たれ、魔空大師」を含め、収録されているのは全四話――
 秀吉の唐入りで名護屋に滞在していた秀保が、海から上がってきた亀甲をまとったような怪人たちの襲撃を受け、その最中にある人物が密室で死体となって発見される「亀甲怪人、襲来」
 夜な夜な辻斬りを行っているとの疑いをかけられ、鬱々と暮らす豊臣秀次が心を寄せる切支丹の美少女が、切支丹の礼拝堂で惨殺され、その疑いが秀次にかけられる「夜歩く関白」
 秀次が切腹に追い込まれ、自分の身にも危険が迫ったために十津川の奥地に身を隠した秀保が、その地に集った曰く有りげな人々とともに追手に抗うも追い詰められて――という最後のエピソード「十津川に死す」

 冒頭の魔空大師のトリックの文字通りの豪腕ぶりには正直なところ驚かされましたが、不可能犯罪ものを得意とする作者らしく、本作で様々な形で繰り広げられる密室殺人のバリエーションは実に豊かであります。
 またその密室殺人に、濃厚な怪奇性と伝奇性をまとわせる舞台設定と物語展開は、好きな人間には堪らないものがあります。

 特に最終話では、南北朝時代から世の権力に逐われた者たちを匿ってきたという十津川の隠し湯を舞台に、秀保のような逃亡者・隠棲者たちが集まってくるのですが――いわば織豊時代の敗者の系譜というべきこの顔ぶれには驚かされるばかりなのです(そしてその中にはとんでもない人物まで――!)


 さて、正直なところ、ここで描かれる事件やその背景事情はかなり重く、時に陰惨なものではあるのですが、その印象を和らげるのが秀保のキャラクターであります。
 戦国武将などとはとてもいえないような、ごく普通の文系少年が、突然身の丈に合わない立場に祭り上げられ、そして権力がもたらす荒波に巻き込まれる――その中を懸命に「推理」の力で立ち向かう姿は、物語に爽やかさと、小さな希望の光をもたらしているといえるでしょう。

 そんな彼を支えるのが、天使のように優しく美しい日魅火と、ツンデレ美少女の亜夜火というのは恵まれ過ぎ(?)な気もしますが、何はともあれ、本作がケレン味と爽快さに満ちた時代ミステリであることは間違いないのであります。


『豊臣探偵奇譚』(獅子宮敏彦 ハヤカワ文庫) Amazon

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